第1部〜その5 図面は出来たが金がない


木製サッシを断念 /99.3.6〜15



 3月は私にとって、一年で最も忙しい月である。北国の建築は雪解けとともに本格化するが、私の本業である建築パースの依頼も、完全に雪が解ける直前のこの時期に集中する。折悪しくパソコンのモニタが故障してしまい、古いパソコンをなんとかやりくりしながら、本業の合間をぬって設計作業は細々と続けられた。

 内外装材が具体的に決まったので、価格の詰めもいよいよ本格化しつつあった。しかし、ここで当初の計画に微妙なずれが出始めた。目標価格1100万の達成がどうにも難しそうなのである。種々の材料は当初、理想に近いものを選定してきた。まずはそれらの材料で実施図面を描き、業者から見積をとってから具体的な修正をすればいいと気楽に考えていたが、どうやらそれ以前に、材料を落としてコストダウンを計る必要があった。

 ターゲットになったのは、ポリスチレン断熱材(FP板)と木製サッシである。ポリスチレン断熱材はB3種70ミリ厚という高性能のものを、建物軸組の外側からすっぽりと覆うように施工する予定だった。いわゆる外断熱工法というやつで、施工監理さえ完全に行えば、熱損失の極めて少ない理想的な家が出来上がる。しかし、一般的な断熱材として知られているグラスウールに比べ、価格が3倍近いのである。
 具体的に書くと、厚さ100ミリの24K高性能グラスウールが、1平方メートルあたり550円前後。比べてポリスチレン断熱材のほうは、上記仕様で1平方メートルあたり1500円前後もしたのだ。(価格はいずれも当時の札幌の工務店価格)
 外壁の面積は160平方メートル前後だったから、これだけでも約15万。屋根の断熱性能は壁よりも強度なものが要求されるから、屋根の分も加えると価格差は30万円を軽く超えそうだった。

 ローコストの足を引っ張ったもうひとつの材料は、サッシである。サッシは当初、スウェーデンのノルド社製の三重木製サッシを予定していた。寒さの厳しい北欧製ということもあって、金融公庫の省エネルギー住宅として認定される開口部の熱貫流率2.0をはるかに下回る、熱貫流率1.63以下という高性能を誇っていた。外壁材は当初から木を予定していたから、デザイン面でのバランスもいい。
 しかし、木製サッシの難点は値段が高いことだった。日本製のプラスチック断熱サッシと比較すると、比較的規模の小さい今回の計画でも、総額30万円以上もの差額が出てしまうのである。プラスチックサッシの熱貫流率は2.0以下で、一応公庫省エネ基準は満たしていたが、ここで木製サッシを捨ててしまうのはいかにも惜しかった。
「TOM-CUBE」のもうひとつのコンセプトであるエコロジーの観点から見ても、プラスチックサッシには難点があった。化学物質は放出しないが、主材料に塩化ビニールを使っているのだ。塩化ビニールは燃やすと発ガン性の高い有毒物質、ダイオキシンを発生させることは衆知の事実である。建物を使っている間はいいが、解体する時点で環境に悪影響を与えないという保証はどこにもない。しかも木は再生がきくが、プラスチックの再生は現時点ではまだ難しい。
 いろいろな視点から考えてみて、木製サッシには捨てがたい魅力があった。しかし、予算という大きな壁がある。背に腹は代えられない。先に書いたポリスチレン断熱材と木製サッシのどちらかを、どうしてもあきらめる必要があった。

 結局私は木製サッシを断念することにした。理由は主に断熱面からである。計算上、窓をプラスチックに変えたときの熱損失量より、壁をグラスウールに変えた熱損失のほうがはるかに大きかった。廃棄時点でのダイオキシン問題に関しては、建物をなるべく長く持たせる設計にし、有益なリサイクル法が今後成立することを期待することにしよう。
(その後、2000年秋に「建築資材リサイクル法」が施行されたが、塩化ビニール製品については、検討課題のままで、未だ対象外である)



木の外壁が使えない /99.3.15〜16



 3月15日、札幌市役所に行き、確認申請の書類を購入する。その足で住宅金融公庫にも行き、公庫の審査書類一式、工事共通仕様書などをそろえた。
 帰ってから書類にざっと目を通してみる。公庫仕様に関しては以前からおおよその知識があったので、それほどの発見はないつもりだった。ところが、いくつかの基準集を繰っているうち、「北海道に公庫住宅を建設する場合の基準」という一項目に、私の目は吸い寄せられた。そこには次のような信じ難い文章が並んでいた。

外壁および軒裏の延焼の恐れのある部分は、耐火構造、準耐火構造又は防火構造とすること…(抄)

 話がまたまた専門的になって申し訳ないが、「延焼の恐れのある部分」とは、隣地境界線から一階で3m以下、二階で5m以下の部分をいう。噛み砕いて書くと、外壁と軒裏の隣地に近い部分には、燃えやすい壁を使っちゃいけませんよ、ということなのだ。
 この文を読んで私はうろたえた。外壁は以前から木張を予定していた。建設予定の土地には防火規制が特にないことを事前に確認していたから、これで何も問題はないと考えていた。ところが、例の床面積のときと同様に、またまた公庫独自の規制である。当然だが、木張では防火構造とは認められない。
 念のため住宅金融公庫に電話で確認してみたが、やはり見解は同じだった。市役所の建築課ではOKでも、「良質な住宅を作る」という公庫の概念では駄目らしい。つまり、北海道は寒いので火を多く使う。だから、防火に関する基準も他の府県よりは、厳しいのだと…。

 当初私の描いたシナリオからいけば、3月末には地区計画の申請を出さなくてはならない。ぐずぐずしている時間はなかった。 一週間前に木製サッシを断念したばかりだったが、隣地境界線から約3.5m離れている一階南側外壁以外は、防火構造の壁に設計変更する必要がある。
 決断は早かった。エコロジーでローコストで防火構造、しかも独創性に富んでいる外壁材というと、そう種類は多くない。その日のうちに私が外壁材として選定したのは、「困ったときは原点に帰れ」の鉄則通り、最初に土地を見たときに閃いた材料、鉄板である。
 鉄板と書くと安っぽい戦後のバラック住宅を連想しがちだが、最近ではメッキ材にアルミニウムを数%混入させ、耐候性、耐食性も格段に向上させたカラフルな製品が数多く市場に出回っている。「土に還りやすい」という性質もエコロジーだし、有害物質とも無縁。何より、いまの住宅市場を席巻している工場生産の乾式サイディングより、はるかに斬新で独創的な材料である。価格も安く、もともとが屋根に使う材料なのだから凍害にも当然強い。



外装材としての鉄板 /99.3.15〜16



 いろいろと資料を調べてみると、鉄板を外壁として使う場合、材質、厚さ、加工方法などで、さまざまなバリエーションがあることが分かった。

■材質
●亜鉛メッキ鋼鈑:
 鋼鈑に亜鉛のメッキを施したもの。通常、トタン板と呼ばれているものである。
●アルミ亜鉛合金メッキ鋼鈑:
 鋼鈑にアルミと亜鉛の合金メッキを施したもの。メッキ層がトタン板に比べて格段に強い。一般的なアルミの量は5%。メーカーでは「赤錆10年保証」(10年はメンテナンス不要)をうたっている。
●ガルバリウム鋼鈑:
 鋼鈑にアルミ55%亜鉛45%の合金メッキを施したもの。海岸に近い地域、工場地帯の建物などで主に使われる。アルミの量が多いので、一般地域ではメンテナンスフリーと言われている。価格はやや高い。

■厚さ
 0.27mm〜1.6mmまで、用途に応じて、さまざまな種類がある。薄いほど当然安いが、耐候性、耐食性に劣る。外壁を防火構造として認定してもらうには0.35mm以上の厚さが必要である。また、このほかに定められた下地材(石膏ボード12ミリ以上)が必要。一般的にはこの0.35mm厚のものが多く使われる。
 特に規定にはないが、継ぎ目からの雨水侵入を防ぐため、石膏ボードと鋼板の間のアスファルトルーフィング(17Kg以上)の施工も必須である。

■加工方式
●平板張:
 910×1820程度の鋼鈑を切断、折り曲げ加工し、施工する。レンガ敷のように交互にふいてゆく「平ぶき」、正方形に切った板を菱形にふいてゆく「菱ぶき」などの施工方法がある。
●小波板張:
 長尺の鋼板を深さ約10ミリ、間隔約40ミリで波状に成形加工したもの。これをボルトなどで止めてゆく。JIS規格であるため、市場に多く流通している。止めボルトが表面に出る。戦後のバラック住宅などに多く用いられ、トタン板のイメージ悪化の一因を作った。
●大波板張:
 長尺の鋼板を深さ約20ミリ、間隔約80ミリで波状に成形加工したもの。JIS規格であるが、小波板に比べると流通量は極めて少なく、加工工場も少ない。止めボルトが表面に出る。
●角小波板張:
 長尺の鋼板を深さ約25ミリ、間隔約30ミリで角波状に成形加工したもの。JIS規格ではないため、寸法や工法に様々な種類があり、小波大波に比べると価格も高い。止めボルトを外部に見せない特殊工法(ボルトレス工法)があり、直線的な外観が非常に美しいため、鋼板ぶきの外壁の中では最近非常に人気が高い。
●角波角溝板張:
 長尺の鋼板を深さ約15ミリ、間隔約125ミリで角波状に成形加工したもの。角小波板は山と谷が等間隔だが、こちらは谷が狭く、山がその数倍広い。波の間隔が広い分、外圧には弱い。止めボルトが表面に出る。価格が比較的安く、工場や倉庫の外壁などによく使われているが、最近は住宅でも使われ始めた。
●横板張:
 長尺の鋼板を細長く切断し、上下にリブをつけてサイディングのように横に張る。屋根と同じような施工法である。止めボルトなどは表面に出てこない。
 この他にも、長尺の鋼板を加工した「蟻かけぶき」「瓦棒ぶき」などの工法もあるが、主に屋根に用いる方式なので、詳細は省略する。



縦の美学 /99.3.15〜16



 こうしてみると、鉄板(鋼板)と一言で言っても、随分とそのバリエーションは広いものであることが分かる。いろいろ悩んだ末、予算や耐用年数などの条件から睨み合わせ、最終的に「0.35mm、アルミ亜鉛合金めっき鋼鈑、角小波板縦張」を第一候補とした。なぜ「最終決定」ではなく、「第一候補」だったのかと言えば、流動的な要素がいくつかあったからだ。

 材質は本当はガルバリウム鋼鈑にしたかった。メンテナンスフリーというのは外壁としては非常に優れた要素だった。しかし、ガルバリウム鋼鈑は材料そのものが高価である。そこが難点だった。アルミ亜鉛合金メッキ鋼鈑は10年だけの保証だが、10年間塗装なしでもてばまあいいじゃないか、と考えた。その見返りとして、加工方式は止めボルトが全く表面に出ない角小波板のボルトレス工法を選択した。
 だが、この角小波板張にも不確定要素はあった。ボルトレス工法の施工単価がはっきりしないのである。いろいろ調べると、どうも特許工法らしく、他に比べて高いという評判だった。業者によって施工単価にも隔たりがあるらしい。この時点ではまだ施工業者を決めていないので、詳しい価格を調べることは難しかった。このあたりはキャリアのほとんどない駆け出し建築家の悲しさである。仕方なく、知り合いの建築家のウチヤマさんが最近やったという施工単価を見積に入れ、とりあえずの予算を立てることにする。
 しかし、いよいよ価格調整が厳しくなってきた場合、この外壁鋼板の施工方式の変更は避けられそうにない問題だった。

 いずれにしても、外壁鋼板は波板の縦張り工法でいこうとこの時点で決めていた。理由はいくつかあるが、まず第一には、縦に空間がまっすぐ通った材料を外壁に用いることで、建物全体の通気がよくなるだろうと考えたのである。
 特に北国の住宅においては、壁内部の結露が建物全体の寿命を短くする大きな要因になっていることが、近年声高に叫ばれつつあった。外壁を支える下地材に通気道を設けて施工する、いわゆる「通気層工法」の採用は必須だったが、外壁そのものも風の通りをよくしてやり、壁体内に極力水分を溜めない配慮が設計上重要である。 (ちなみに、木材を外壁として用いた場合、保護塗料に呼吸を妨げないものを使ってやれば、何ら支障はない)
 このほか、縦に目地が通った材料を使うと雨水がまっすぐに流れ、水滴が外壁に滞留しないという利点がある。外壁が痛みづらく、長持ちするのだ。デザイン面でも、波板の造り出す影が季節や時間に応じて微妙に変化し、建物全体を際立たせるという効果がある。安いが、ユニークで魅力的な素材なのだ。
 外壁鋼板にデザインを合わせ、一階南面に使用する木張にも、縦に目地の通った米松パネル材を使うことにする。ひょんなきっかけで使うことになった波板鋼板だったが、この「縦」というイメージは、こののち建物全体を綾なす重要なキーワードになってゆくのだった。


2000.10撮影の自宅全景。波板鋼板が壁に深い陰影を造り出す



首尾よく通った地区計画届 /99.3.29〜4.17



 3月末、実施設計図の大半が完成し、地区計画届を出す準備が整った。3月30日に提出した申請は、事前に幾度も相談に行ってすでに担当者とも顔なじみになっていたせいもあるのか、あっけなくその場で許可が降り、意気込んでいた私を拍子抜けさせる。ともかくも、これで諸届けの第一段階を首尾よくクリアした。
 その足で宅地課に行き、市街化調整地域における建築許可申請の事前相談をする。以前にも書いたが、本来市街化調整地域に住宅は建てられない。今回のように、「地区計画」というある種の規制緩和処置に基づいて建てようとする場合でも、さまざまな書類を整えて、「開発行為に基づく建築許可願」という、ちょっと面倒な申請を出さなくてはいけないのだ。
 今回のケースに限らず、役所と様々な交渉事をする場合、事前に相談を重ねることが極めて重要である。そうすることでいろいろな問題を予め予見することが出来るし、担当者と顔なじみにもなれる。サラリーマン時代に数多くの役所直轄工事を担当していたことで、そのことは充分に把握していた。

 4月12日、2週間かかってようやく建築許可願の予備審査が通る。6900円の手数料を払って、その場で本審査を提出。この3日後、本審査が通ったとの連絡が市役所から入る。予備審査が通ったあとの本審査はほとんど形式的なものなので、審査期間は短いのだ。
 この日、147日ぶりに積雪がゼロになったと新聞の見出しが告げていた。長い冬が終わりを告げ、北国にも待ち望んだ春の訪れである。私の自宅新築計画も、完成に向けてようやく確かな一歩を踏み出した感があった。
 4月17日、久しぶりに現地を訪れた。数日前、近くで融雪水による大規模な冠水がテレビニュースで報道されたばかりだったので、不安な気持ちだった。だが、いざ現地に降り立ってみると、敷地はからりと乾いていて、融雪水はおろか残雪ひとつ見当たらない。持参したスコップで敷地中央を掘り起こしてみても、水は全く湧いてこなかった。
 私の様子をめざとく見つけた近所の老人が近寄ってきて、声をかけてきた。
「あんた、ここの地主さんかい。家を建てるのかい?」
 私は自己紹介し、以前からここは水害が多く、地下水位が心配であること、そのため、敷地を調べていることを老人に話した。すると彼は笑いながらこう応じた。
「昔はそんなこともあったよ。でも、そこの川を改修してからは、そんなことは一度もないね。いくら掘っても、その川の水面までは絶対水なんか出やしないさ」
 その老人はかって町内会長を務めたこともあるという、土地の名士らしき人だった。話は信頼出来る。その土地に対してかねてからあった水害や地下水位への不安は、その老人の一言で、いっぺんに吹き飛んだ。



初めての建築確認申請 /99.4.27〜5.10



 4月27日、2週間かかって慎重に記入した建築確認申請の書類がすべて整い、ついに建築確認申請を出す日がやってきた。慣れた建築家なら、確認申請など朝飯前の作業に違いないだろうが、一度も自分で確認申請を出した経験のない「ペーパー建築家」にとって、確認申請は一世一代の大仕事なのだった。
 札幌市の場合、先に書いたように、建築確認申請と住宅金融公庫の設計審査は同時に行われる。受付窓口も一緒だから、手間はかからない。3月上旬に公庫申し込みはすでに終わらせており、その後の連絡で設計審査提出は2ヶ月後の5月1日までに済ませるよう決められていた。この日は火曜日だったが、 大型連休が目前に迫っており、少なくとも翌日までには書類の受付を終わらせる必要があった。
 友人の建築家のエモトさんが心配して市役所までつきあってくれることになる。まるで初めて学校に行く子供のようだったが、ありがたく好意に甘えることにした。
 スタートはまず道路課からで、前面道路の確認をここでする。17000円の確認申請手数料を支払い、さまざまな書類をチェックされたあと、ほんの数分で受付があっけなく終了。充分に吟味した甲斐あって、書類そのものに特に不備はなかったようだ。これで公庫設計審査締切にも、滑り込みセーフである。しかし、終わったのはあくまで「受付」だけであり、場合によっては図面修正の伴う内容の審査は、これからが本番なのだった。

 4月30日、エモトさんが紹介してくれた工務店に図面一式を渡し、見積を正式に依頼する。材料をひとつひとつ拾ってゆく詳細見積なので、およそ2週間ほどかかるとのこと。そのころには確認申請も下りているはずだ。私のはじき出した予算と大きなズレがないよう祈る気持ちだが、相手があることなので、こればかりは蓋を開けてみなければ分からない。
 5月に入ると、現地を調査したり、図面を検討したりしているらしいその工務店から、しばしば連絡が入るようになった。その電話の受け答えから伝わってくる相手の話の雰囲気が、どうもすっきりしない。当の工務店は日頃世話になっているエモトさんの紹介ということもあり、価格は大勉強という覚悟で見積作業に入っていることは間違いなかった。予算が極めて厳しいことはすでに事前にエモトさんにも伝えてあったから、おそらくはエモトさんからも同様の口添えがあったに違いない。
 相手の歯切れの悪さは、どうやらその見積価格にあるらしかった。思ったほど価格が下がりそうにない様子であることは、断片的な相手の話から容易に想像出来た。やはりネックは予算である。
(どうもやっかいな問題になりそうだ…)
 まだ具体的な数字はなにひとつ出ていないのに、この時点でそんな悪い予感が頭の中を徐々に席巻し始めていた。(この予感が当たっていたことをすぐに思い知る)



確認申請の修正作業 /99.5.13〜5.19



 図面をすべて描き終え、見積依頼も済んで、確認申請も滞りなく期限内に提出した。久しぶりにゆったりした気分で連休を過ごし、身も心も充分にリフレッシュし終えた5月13日のこと、札幌市役所建築指導課から先に提出した建築確認申請書類について、電話が入った。確認申請書類に不都合がある場合、普通電話で連絡が入る。
「初めて出す確認申請で、何も修正なしで一発で通ることなんてあり得ないよ」と、エモトさんから聞いてはいたが、いざ現実に電話が入ると、どことなく気持ちはおどおどして落ち着かなくなってしまうのは、駆け出し者の悲しい定めである。

 電話の声は合計9ケ所もの不備を指摘していた。内容がやや専門的になるが、ごく軽微な修正を除いたその指摘7ケ所と、それに対するこちらの対応とを以下に列記してみる。

●北側斜線制限の算定式の誤り:
 いわゆる建物北側の高さ制限のことだった。隣地の日照に関わる重要な算定である。地区計画の特殊規制に基づいた算定式を用いたことを説明すると、先方もすぐに納得。後で知ったことだが、地区計画届けの許可書も確認申請に添付する必要があったようだ。

●面積表示がすべて小数点3位まで書かれているが、小数点2位に修正:
 これは事前にエモトさんに教えられてやったことだったが、よく書類を調べてみると、確かに「小数点2位まで記入」とあった。信頼する人の言葉といえどもうのみにせず、ちゃんと自分で確かめなくてはいけない。

●台所内部仕上げを不燃材料にする:
 台所の壁も天井も、他の部屋と同じ仕上げで申請していた。火気を使用する調理室等の天井や壁は、本来不燃材料で施工する必要がある。今回の設計では炎が一切出ない電磁調理器(IHヒーター)を台所に用いており、その規制の対象外だった。これは担当者の仕様書見逃しで、説明してすぐに納得もらう。
(この一ヶ月後、電磁調理器にも同様の規制が課せられることに、市の見解が修正された)

●外部車庫の通路部分の面積は住宅面積に算入する:
 例の床面積の問題がここでまた再燃した。ピロティ形式の通路は床面積から除外のつもりが、図面を見せると車が置けない部分はすべて床面積に算入だとの見解だった。これは公庫に関しても同じであり、以前に「床面積が不足だ!」などと大騒ぎして設計変更までした問題が、いざ申請してみると何のことはない、今度は勝手に増えていたという間抜けな話である。
 ならば2階に跳ね出しをつけた無理な設計変更もいっそ元に戻そうか?と考えたが、変更手続きの煩雑さを考えると、いまさらそれも出来ない。ここはスケッチ持参で、もっと入念に事前相談するべき箇所だった…。

●テラス面積は上部に屋根がないので、建築面積、床面積共に算入しない:
 同じく、面積をどう取り扱うかの問題である。建築士の試験にもこの種の問題が数多く出るから、プロにとっても面積をどう考えるかは、難しい問題なのだ。全く同じ図面でも、確認申請を出す地域によって法規上の見解が違い、面積が異なってしまうことさえ現実にはある。
 今回、テラスの一部を「縁側」とみなして、建築面積に算入していたのだが、担当者は入れなくていい、と言う。大勢に影響がないので、おとなしく言い分に従うことにする。

●軸組計算書の算定数値の一部修正:
 地震に対する強度計算に一部数値の適用ミスがあった。軸組には充分余裕があったので、設計仕様に影響はなく、数値修正で対処。

●地下室壁と床の厚さ、鉄筋量についての根拠は?:
 これは今回の指摘された中で、最もやっかいな問題だった。地下室の天井は本来コンクリートにし、箱状に施工するのが望ましいと先方は言う。申請で出した図面では、地下室上部天井(一階の床)は普通の木材で施工する仕様になっていた。
 他の問題は簡単な数字の修正だけで済むが、この問題はそうはいかない。急いでその日のうちに構造計算書を作りあげ、翌日他の修正と一緒に届ける。しかし、担当者はこの地下室構造問題に関してだけは回答を保留した。
 その日の夕方、再び担当者から電話があり、壁上端全周にコンクリートで補強梁を設けるようにとの指示が出る。構造専門の担当者と協議の結果の結論であり、これを飲まないと申請は下ろせない、という強い要請だった。
 5月17日、指示通りに修正した図面を提出。構造担当者にチェックを受け、ようやく仮承認を受ける。正式に確認申請の許可が降りたのは、この2日後だった。
 帰り際、構造担当者は、「今回はこれで受け付けますが、今後は上部床がコンクリートでない地下室はあまり設計しないで下さい」と、柔らかいが強い口調で諭される。阪神大震災のこともあり、なるべく頑強な建物を残したいという役所側の倫理が痛いほど伝わってきて、コスト面に捕われる余り、軽微な構造で図面を引いてしまった私は、聞いていて思わず冷や汗を流した。

 さて、ともかくもこうして初体験の確認申請は下りた。おそらく回を重ねても、図面を引いて確認申請が下りるまでの大変さにそう変わりはないだろう。建築士の一般的な設計監理料の相場が工事価格の10%、そのうち設計費用は1/3程度などと言われているが、決して高いものではなく、労力に見合った十分適切な価格であると自分で実際にやってみてしみじみ思った。



資金計画ダブルパンチ /99.5.20



 建築確認申請という大きなハードルを越え、あとは一気に着工へと突っ走るだけのはずである。通常の住宅建築ならそうだ。だが、今回の計画の場合、見積価格調整という大きな壁が前方に立ち塞がっていた。
 先に書いたように、正式に見積を依頼した工務店の感触は、あまり良くなかった。図面一式を渡してからすでに3週間が過ぎている。「便りのないのはいい知らせ」などと言われるが、今回に限ってはその正反対のような強い予感がした。エモトさんを介して顔見知りでもある工務店の社長が、このところ何も連絡をよこさないのは、どう考えてもおかしい。こちらの予算と先方の見積額に大きな隔たりがあるらしきことは、もはや確実だった。

 5月20日、間に入ってくれていたエモトさんから電話がある。予期した通り、工務店の見積額が1700万という途方もない額であることがエモトさんの口から知らされた。こちらの思惑とはなんと600万もの開きがある。100万、200万なら何とか調整はつきそうだが、その差600万では話にもならない。この電話を受けた時点で私は、(いまの図面では駄目だな…)と、覚悟を決めていた。
 ちょうど同じ日、住宅金融公庫の申し込み書類に記入した借入希望金額に関して、銀行から問い合わせの電話がきた。いわく、
「借入希望金額は880万となっていますが、公庫では車庫分の工事費用はお貸し出来ないきまりです。車庫分として申請されてる250万を総工事費から差引いた850万の80%、680万が貸し出し額となりますので、申込書の訂正をお願いしたいのです」

 しまった…、と内心思った。申請書類には確かに「総工事費予定額1100万」と記入した。しかし、設計審査提出のときに面積比から概算し、何気なく記入した「車庫分の工事費」の金額250万が、まさかこんな形ではね返ってくるとは、まるで予想していなかった。急いで公庫書類をひっくり返して確認してみると、「融資出来ない工事」の項目の中に、確かに「車庫」が含まれていた。完全なる見落としである。
 車庫と建物とを一体とした設計の場合、工事費をはっきり分けることは極めて困難である。結果論だが、仮に車庫分の工事費を100万と申請し、差引いた建物本体工事費1000万×80%=800万と算出していれば、何とか費用は足りていたかもしれない。
 しかし、680万の借入額では正直いってきつい。見積で600万の差額が出たばかりの同じ日に、ここでまたまた希望額とは200万の開きである。私にとってこの5月20日は、資金計画に致命的なダブルパンチを受けた悪夢の日となってしまった。



気まずい三者協議 /99.5.21〜26



 嘆いても恨んでも、事は少しも前には進まない。元はといえば、すべて我が身の不勉強、詰めの甘さがもたらした業である。非はすべて自分にあった。くじけそうになる気持ちを奮い立たせ、問題をひとつずつつぶしにかかった。

 5月21日、まず銀行に行き、電話で言われた通りに金額を訂正する。あとでもう一度借入金額を修正することは可能なはずだったが、そのためには安い金利で申込みをしているいまの申請をまず通し、権利を確保しなくてはいけない。
 その足で市役所まで出向き、金額修正の手順を聞いてみた。すると、申込み時の金額はあくまで予定工事金額なので訂正は可能だが、事務手続きの煩雑さを避けるため、金額訂正はすべて中間検査(軸組が完成時の検査)のときに受け付ける、とのことだった。
 確認申請が下りたばかりだったが、付属車庫をどうするかを含め、この時点ですでに一部設計変更をする覚悟でいたので、借入金額の修正は何とかなりそうだった。

 同じ日の夜、見積の仲介をしてくれたエモトさんの事務所に私とエモトさん、そして工務店の社長が集まり、三者協議が行われた。いわゆる見積単価の詰めである。
 サラリーマン時代にも下請け業者とこの種の詰めは何度も経験していた。だが、今回は600万もの価格差の調整である。億単位の仕事の600万ならそれほどの差ではない。しかし、1000万レベルでの600万は、誰が考えても不可能に近い数字だった。
 それでも中に入ったエモトさんは辛抱強くひとつひとつの項目をチェックし、図面と突き合わせながら、互いの妥協点を導き出そうとしていた。エモトさんは当事者ではない。だが、自分が普段懇意にしている工務店と長い友人である私との間を、何とかうまく取り持とうとしてくれていたのだろう。
 しかし、どのみち無理な話である。私はエモトさんの話を聞きながらも、絶望的な気分に自分が引きずり込まれてゆくのを感じていた。

 私の試算との大きな違いは、設備工事と木工事の価格差である。この二つは見積価格の中でも大きな比重を占めている。先方のはじいた木材の量に、私の試算とは倍近くの開きがあり、大工の手間賃にも試算とはかなりの差があった。一致しているのは計算の簡単な床の面積とか、市場価格が比較的はっきりしている建材類の単価くらいのものだった。
 自分のはじき出した数値に、私は自信を持っていた。少なくとも、木材量に倍の開きが出るなどということは考えられない。工務店が直接購入する建材の価格はともかく、工務店からさらに下請けに出される種々の工事価格を見ても、どうも業者の言うがままに見積価格を記入した節がある。中には下請け業者の見積をそのまま張付けた箇所さえあった。どうみても適切な価格交渉をした経緯が感じられない。友人のエモトさんが好意で紹介してくれた業者だったが、このときすでに私はこの工務店に強い不信感を持った。
(私が駆け出し者とみて、なめてかかっているのではないか…)
 そんな疑念さえ湧いてくる。しかし、友人のエモトさんの手前もあり、それをここで口にすることは出来ない。私は次第に寡黙になった。そんな気配を察して、工務店の社長の表情も険しさを増す。重苦しい空気が狭い部屋の中に充満した。

「どうも妥協点を見つけるのは難しそうですね」
 たまりかねて私のほうから口を開いた。歩み寄りはもはや困難である。別の業者に再度見積もりを依頼するしかない。社長のほうでも検討してみて下さいよ、少し時間を置いてさ。取りなすようにエモトさんが言う。社長は押し黙ったまま軽くうなずいたが、その表情は固く強ばっていた。
 素人が分かりにくいように微妙に数字や単価を調整する手法は、住宅の見積の中でいくつかある。木材の量や大工の手間賃、電気工事や設備工事の価格などがそれで、このあたりはプロでなければ、とてもチェック出来る代物ではない。もちろん良心的な業者には無縁の話だが、世間にはそんな生臭い話がまだごろごろしているのが現実なのだ。
 私は事前に十分勉強し、それらのからくりをある程度把握していたが、もしかすると相手はそんな私を、どこかで見くびっていたのかもしれない。あるいは、ただ単に価格の厳しい詰めを怠り、いわゆる「どんぶり勘定」で見積もっただけのことだったのか…。

 気まずい三者協議が終わった五日後、当の工務店から正式に断りの電話が入った。このことはエモトさんも承知だ、と社長はつけ加えた。分かりました、と私は平坦な口調で応じた。それがどんな理由だったにせよ、見積価格と自分の試算とに大きな開きのあるその工務店との信頼関係はすでに壊れていたから、断りの電話は私にとって渡りに船である。
 その社長は人間としてはおそらく善人だったのだろう。かってはエモトさんの紹介で仕事を手伝ったこともあったし、根っからの悪人であれば、エモトさんも長くつきあいはしないはずだ。だが、いざ施主と業者という差し迫った利害関係に陥った場合、どうしても互いの本性が表れる。人間同志の信頼関係が決定的に壊れてしまうきっかけは、得てしてこんなときなのだ。

「気にすることないよ、すぐに別の業者を紹介するからさ」
 その夜、すべてを察知したエモトさんからそんな電話があった。だがそのときの私には、そんな言葉も慰めにはならなかった。私はエモトさんにきっぱりとした口調でこう返答した。
「どちらにしても、いまのままの図面では、どんな業者に依頼しても歩み寄りは難しいでしょう。もう一度設計を見直し、もっとシンプルな形に全体計画をそぎ落としてみます。新しい業者の紹介は少し待ってください」
 ここから切羽詰まった私の、死の大ローコスト設計見直し計画が始まった。

(第6話「恐怖の全面設計変更」へと続く)