第1部〜その4 エコロジー住宅への道


一からの情報収集 /99.1.6〜10



 基本設計作業が次第に煮詰まりつつあったので、内外部に使うべき様々な材料の情報収集を、早急にしなくてはならなかった。仕様、価格などの情報を具体的に得ないと、実施設計や細かい見積の詰めは出来ない。設計事務所登録時に一通りの資料はそろえていたが、開設後すでに17年を経ている。技術は日進月歩だ。すべての資料を一からそろえ直す必要があった。

 収集手段の中心は、やはりインターネットである。断熱材、塗料、各種合板、木製外壁材、床材など、精力的に集めた。メーカーによっては、カタログや価格表のダウンロードまで出来るホームページもある。カタログ送付に伴う無駄な経費が不要で、ユーザーも必要な情報がたちどころに入手出来る。すべての資料がこうであれば非常に楽なのだが、残念ながらそんな先進的なメーカーは、この時点ではごくわずかだった。
 それでもホームページ上からカタログ送付の申込みが出来るメーカーは、まだましなほうである。ホームページは持っていても、ただ単に会社概要やら簡単な商品概要を載せているだけのメーカー、あるいは、ホームページすら持っていないメーカーもまだまだ多かった。そんな場合は、仕方なく古いカタログや電話帳などを頼りに、資料送付を依頼するしかない。
 それでも入手不可能な資料がある。メーカーの出先が札幌になかったり、仮にあってもサンプル資料が膨大になってしまうと、小さな設計事務所では送ってくれないこともある。そんなときはショールームなどに直接もらいに行く。メーカーにとっては所員が実質ひとりの設計事務所などたいした顧客ではないので、こういうことも現実には多々ある。こちらが足を使って動くしかないのだ。



床面積が不足! /99.1.11



 情報収集に努めつつ、設計作業の細かい詰めも同時進行していた。この日、私はそれまでの自分の計画に対する、致命的ともいえる欠点に気づいた。なんと、基準よりも床面積が不足しているのだ。
 建築基準法上の床面積の下限は特にない。しかし、住宅金融公庫のマイホーム新築融資を受けようとする場合、床面積は80平方メートル以上280平方メートル以下という基準があるのだ。住宅金融公庫はあくまで政府の機関なので様々な制限があるが、「住宅に困窮している人に、良質な住宅を提供する」という主旨が根底にある。床面積の上限を抑えているのは、住宅困窮者に対する配慮、下限を抑えているのは、良質な住宅に対する配慮であろう。

 コストを出来るだけ低く抑えたい、という設計主旨から、当初から床面積はぎりぎりに設定していた。「80平方メートル以上」という数字は当然知っていたが、進行中の平面計画が6.37mの正方形だったから、1〜2階を合わせれば延べ床面積は81.15平方メートルとなり、ぎりぎり足りる。ところが、いろいろと計画の練り直し、変更を繰り返しているうち、いつしか床面積が80平方メートルを下回ってしまったのだ。
 原因は「TOM CUME3」で初めて採用した建物中央を切り裂く吹抜けにある。幅0.91m、長さ2.73mのこの吹抜けが、床面積減少を招いたのだ。建築に少し詳しい方ならご存じと思うが、吹抜けは床面積から除外される。従ってこの時点で、建物本体の床面積は78.67平方メートルまで減少していた。
 建物本体以外に、建築基準法上の床面積はいくらでもあった。屋根と柱さえついていれば、ほとんどの部分は床面積に算入される。私の計画の場合、半戸外に設けた車庫しかり、地下物置しかりである。計画にあったテラスでさえ、柱と屋根をかけてしまえば同じ扱いだ。
 だが、金融公庫の基準には、「地下物置、車庫に類するものは床面積に算入してはならない」という全く別の基準がある。(ちなみに、吹抜けを床面積に算入しないのは、建築基準法でも公庫基準でも同じである)この日、住宅金融公庫の北海道支店に直接電話を入れて確かめたところ、やはり不足であることが分かった。極端なコスト削減計画が、裏目に出てしまったのだ。

 だったら吹抜けをやめてしまえばいい。問題は即座に解決である。最初はそう考えた。しかし、「建物を縦横に切り裂くふたつの吹抜け」という概念は、すでに私を虜にしてしていた。このコンセプトを変えることは絶対に出来ない。では平面形状を正方形ではなく、長方形にするか?床面積不足はたちまち解消だ。縦横の吹抜けもそのまま保持出来る。しかし、「CUBE」すなわち、立方体に対する強いこだわりが、この案の採用を妨げた。
 困り果てた私は、夜10時過ぎになって友人のエモトさんに電話を入れ、かねてから不安のあった見積単価など、様々な問題も含めて相談をもちかけた。 建築家として長いキャリアを持つエモトさんは、設計作業は初めてといってい私の良きアドバイザーでもある。私の相談に対し、エモトさんは即座にこう答えた。

「2階に45センチだけ跳ね出しをつけたらどう?基礎は正方形のままだし、床面積も充分足りるはずだよ」

 まるで節操がないが、これを聞いて(なるほど)と私は思った。私のすべてのこだわりを満たす解答である。計算してみると、確かに足りる。それまで気になっていた2階の仕事部屋と寝室の4畳半という狭さの問題も、かなり緩和される。
 立面の収まりの難しさと、断熱計画の難しさが新たな問題として持ち上がったが、まずはこの45センチの跳ね出しを2階南側に設けることで、全体計画の修正を行うことにした。



エコロジー住宅への道 /99.1.6〜2.5



 具体的な資料が次第に集まってくると、設計作業にもますます熱が入ってくる。情報収集のなか、私はあるひとつのキーワードに引きつけられていた。「エコロジー住宅」である。年末に入手した最新の住宅雑誌でも、何人かの建築家がエコロジーをコンセプトにした住宅を提案していた。
「シックハウス症候群」という言葉が少しずつ社会問題化しつつあった頃である。数年前、住んでいるマンションの壁紙を張り替えたとき、壁紙の接着剤からくる強い臭気のために一カ月以上も目がチカチカしたり、鼻水や咳が止まらなかった嫌な記憶がある。どうせ新築するなら、地球環境にまで視野を広げた家をぜひとも設計してみたいと考えた。

 エコロジーと一口に言っても、非常に幅の広い概念である。簡潔に言えば「環境に優しい」ということなのだが、住宅設計に限れば、おおよそ以下のような考え方になろうか。

●家の内外部から有毒物質を出さない、安全な材料を使っていること。
 ホルムアルデヒドに代表される環境汚染物質を出す可能性のあるもの、疑わしいものを極力使わない。

●使用前、使用後に環境になるべく負担をかけない材料を使うこと。
 廃材を再利用した材料や、木材のようにそれ自身でリサイクルが完結している材料を極力使う。また、廃棄するときにも環境に負荷をかけず、土に還りやすい材料を極力使う。

●完成後も、石油や電気などのエネルギー消費が少なくて済むこと。
 気密と断熱に配慮し、風と日光を有効に使う設計とする。ランニングコストをなるべく低くすることをめざす。

●住宅の耐用年数が長いこと。
 20年もたたずに建て替えたり、大規模修繕や大規模改築するようでは、資源の大いなる無駄遣いである。地震や火事、風害や雪害に強く、結露や虫の害がないことはもちろんだが、家族構成の変化などにも柔軟に対応出来る設計上の工夫も不可欠である。

●建設コストが安いこと。
 一概には言えないが、建設費の安い住宅はいろいろな意味で無駄がなく、環境に優しい一面を持っている。ただ、安さに走るあまり、住宅そのものの耐用年数が短くなってはならず、そのへんのさじ加減が難しい。

 こうして並べると、エコロジー住宅は非常に手間がかかり、その割には見返りの少ないものである。「家を壊したあとのことまで、考えてられないよ」と公言する建築関係者も少なくない。しかし、このエコロジー(環境保護)の概念なくして、人類が21世紀を生き抜くのは難しいのではないか?と私は考えた。
 そもそも私が20年以上も前に入社した会社が、公害防止産業の会社だった。どうせ働くなら、世のため人のために直結する感覚の持てる仕事につきたかった。会社を辞めてしまったあとも、私のそうした意識は変わることはない。世に自分の建築家としてのポリシーを問うなら、このエコロジー住宅はまさに自分の生き方に叶う的確な選択だった。



内装材の選択 /99.1.7〜2.5



 こうして私の住宅には大きな一本の芯が通った。必要に迫られて選択した一つ目の柱が、「ローコスト住宅」なら、さしずめこの「エコロジー住宅」は、自分の生き方を追及した結果として到達した二つ目の柱である。 骨格のイメージはすでに出来上がっていたので、この二本の柱にそって骨組みを組立て、肉をつけ足していけばいい。
(実はこのあと、必要に迫られて三本目の柱が出来るのだが、この時点ではまだ見えていない)
 エコロジーとローコストは本来両立すべき事項なのだが、現状では非常に難しい。安全な住宅は金がかかるのだ。そこをなんとかやりくりするのが腕の見せ所だった。

 通常の住宅でもそうだが、エコロジー住宅は内外部の材料の選択が特に重要である。外装は屋根には鉄板、壁には木材とすでに決めており、このふたつはエコロジーの観点からみて、充分に要求を満たすものだった。あとは木材の保護塗料の安全なものを探せばいい。
 問題は内装材だった。内装材は外装材と違って閉鎖空間で使われるため、有害物質の影響をもろに受ける。充分な吟味が必要なのである。しかも、ローコストやリサイクル、省エネルギーや耐用年数などの条件も同時に満たさなくてはいけない。内装材は床材、壁材、天井材の三つに大きく分類されるが、それぞれに要求される性能が微妙に違うので、すべてを同じ材料で賄うわけにはいかなかった。

 最初にまず検討したのは、壁材である。クロス張はマンションの壁紙で懲りていたし、特に巷を席巻しているビニルクロスは、「臭い物に蓋」式のイメージがかねてからあり、使う気は最初からなかった。見てくれは悪くともよいが、壁の健やかな呼吸を妨げず、安価で丈夫で有害物質を出さず、資源再利用をしている材料。これだけの難しい条件をすべて満たすものは、そうざらにはない。
 クロス張の下地材として多く使われている石膏ボードは安く、強度もまずまずで、火災にも強い。遮音性も良く、施工もしやすく、寸法の経年変化も少ない。有害物質の放出もほとんどない。まるで言うことなしのようだったが、石膏ボードは表面が紙のため、仕上げなしの単体では使えない。クロスの下貼りとしてなら申し分ないが、「クロスは使わない」という大前提が私の設計にはある。もし使うとすれば、木材骨組みに直張りし、保護塗料を塗るしかない。ここで私は引っかかった。
 石膏ボードの上に直接塗料で仕上げた壁が、雑誌などでもときどき掲載されている。建築家の自邸で直接目にしたこともあった。色は当然白系になるが、どうしても汚れが目立つ。安全な水性塗料を使うとなると、かびにも弱い。クロスなら洗剤でふいたりも出来るが、塗装仕上げの場合、定期的に塗り直すしか手はない。何も仕上げをしないいわゆる「素地」に比べ、塗装工事もかさむ。
 家具などはなるべく作りつけの手作りでやろうと考えていたから、釘を固定しにくい石膏ボードの特質も大きな障害だった。
 いろいろ迷ったあげく、石膏ボードの採用は保留にしたまま、次の材料探しにかかった。



合板とホルムアルデヒド /99.1.7〜1.29



 次なる候補は、合板(ベニヤ)だった。合板と一口に言っても、さまざまな種類がある。最も一般的なラワン合板は南洋材を使っているため、森林破壊への恐れがあって使いにくい。 (一般論だが、南洋材は伐採が適切に監理されておらず、森林破壊に直結すると言われている)
 私が惹かれたのは、表面の美しいシナ合板だった。白っぽい肌触りが以前から好きだった。シナの木の産地ははっきりしなかったが、南洋材ではないことは確かである。火災に弱いのは合板の宿命だが、値段も安く、施工もしやすい。石膏ボードでは問題になった仕上げも使用する場所によるが、ほとんどは仕上げなしの素地で使える。
 しかし、この合板には、大きな問題があった。ホルムアルデヒドである。合板は薄くはいだ板を接着して作られるが、その多くに環境や人体に悪影響を及ぼすホルムアルデヒドが含まれている。JAS(日本農林規格)では、合板中の接着剤に含まれるホルムアルデヒドの放出量に従って、F1〜F3まで分類されていた。最もホルムアルデヒド放出量の少ないのはF1合板だが、実際に建材店やDIYショップを調べてみた結果、市場に流通している合板の大半はF2合板であり、F1レベルの合板は絶対量そのものが少ないことが分かった。
 しかも、最もホルムアルデヒド放出量の少ないF1合板でさえ、平均放出量の基準濃度が0.5ppm。厚生省やWHOの発表しているホルムアルデヒドの室内推奨濃度0.08ppmに比べ、はるかに大きい数値である。(単純計算で6.25倍)日本の市場に幅広く出回っているF2合板にいたっては、ホルムアルデヒド放出量5ppmという莫大な数値だった。これでは使えない。

 次に目をつけたのはパーチクルボードである。これを勧めてくれたのは、友人の建築家ウチヤマさんだった。木材の小片を接着剤で固めて熱圧成形したもので、遮音性、断熱性が高く、寸法の経年変化が少なく、コストも安い。木材の端材を使うのだから資源有効利用になり、エコロジーに直結する。また、このパーチクルボードを基準に従って柱などに打ちつけたものは、筋交いと同等以上の耐力があると認定される。(ちなみに、一般的な筋交いの2.5倍である)地震や風などに対して非常に強い建物が出来るのだ。
 いろいろな面で非常に魅力的な材料で、一時はこの材料を使うべく、概算見積なども準備していた。だが、調べを進めるうち、合板と同じ問題にぶち当たった。またまたホルムアルデヒドである。放出量の基準は合板と異なってJIS(日本工業規格)だったが、JASと同様にE0〜E2まで分類されていて、0.5〜5.0ppmの範囲である。合板と大差ない。最後の最後で、私は使用を断念せざるを得なかった。



環境に優しい合板を探して /99.1.7〜1.29



 なんとかホルムアルデヒド放出量の少ない合板類はないか?いろいろと資料をあさっているうち、同じ合板でも接着剤の種類によっては、ホルムアルデヒド放出量に差があるらしいことが分かった。
 話がさらに専門的になるが、ユリア樹脂系の接着剤にはホルムアルデヒドが多く含まれ、フェノール系の接着材の方が揮発量は少ない傾向にあるという。日本に多く出回っているのは速乾性に優れるユリア樹脂系の接着剤である。速乾性のいい接着剤を使ったほうが、生産性はあがる。生産性の追及が、環境に対しては良い結果をもたらさない典型例なのである。
 さらに調べを進めると、欧米で生産されてる合板類は環境に対しての配慮が日本よりもはるかに進んでおり、ホルムアルデヒド放出量も格段に少ないことが分かった。たとえば、北米で生産される構造用合板は、放出量0.03ppm。日本で最も厳しい基準であるF1合板の、なんと6%という少なさである。この「米松構造用合板」は、強度面でも先のパーチクルボードと同じで、基準に従って施工すれば一般的な筋交いの2.5倍の耐力があると認定される。遮音性、断熱性に際だった特徴はないが、コストは安い。資源有効利用の面でみても、北米では針葉樹の生産を資源枯渇面で厳重に監理している経緯があり、南洋材のような森林破壊の恐れはない。
 私はこの「米松構造用合板」を有力候補のひとつとした。そもそもが構造用なので、仕上がりは粗い。しかし、サンダーをかければ、塗装なしでもなんとかいけそうだった。ローコストを売りにしている住宅でも、数は少ないがすでに使われていた。

 同じように有力候補にあがったのは、「OSB構造用パネル」である。やはり北米で開発されたもので、低質木材チップを接着剤で熱圧成型して作られたものだ。接着剤にはフェノール系のものが使われているため、ホルムアルデヒド放出量は上記の米松構造用合板よりもさらに少なく、わずか0.02ppm。日本で最も厳しい基準であるF1合板の、なんと4%である。
 その他の特徴は上記の米松構造用合板とほぼ同じである。やはり構造用として作られているため、仕上がりは粗い。内装材として使うには、サンダー仕上げなどが必要だろう。吸水による寸法の経年変化がやや大きいことも不安材料だった。だが、私は迷わずこのOSB構造用パネルも有力候補に加えた。木材チップが表面に幾何学模様を作っており、デザイン的にそれが非常に魅力的に映った。資源の有効再利用がもたらした、エコロジーの美である。

 参考までに、上記のホルムアルデヒド放出量のデータは、APAエンジニアード・ウッド協会の試験結果を引用している。米松構造用合板もOSB構造用パネルも北米の材料を使い、北米の工場で作られている。だから安全性が高いのだ、と私は言いたい。(OSB構造用パネルの大半にはJASのマークがついているが、これはJASの認定を受けた北米の工場で作られているものである)
 本やインターネットでいろいろ調べてたどり着いた結果がこれである。欧米に比べ、日本はまだまだ環境後進国だと言わざるを得ない。合板ひとつ、塗料ひとつとってみてもそうだ。だから環境に安全なものを探そうとすると、必然的に海外生産品に目がいってしまう。これは生産性の向上をまず第一に考えるよう、社会の仕組みが出来上がっているからに他ならず、こうした意識を払拭しない限り、ことエコロジーに限れば日本はまだまだ冬の時代が続くだろう。



ハードボードとの出会い /99.1.7〜1.29



 合板でなんとか使えそうなものをようやく見つけた私だったが、調べを続けることはやめなかった。壁だけでなく、ついでに床や天井の材料に関する情報をそろえたかった。これらすべてを同じ材料にしてしまう手法もなくはないが、デザインのめりはりを考えると、材料の候補は多いほどいい。

 私が次に出会ったのは、「ハードボード(硬質繊維板)」という材料である。木材の端材などを細かく砕き、高温高圧で圧着して作られる。硬く、厚い紙のような平滑な表面を持っているので、仕上げも一切不要である。加工が容易で、耐磨耗性も高い。基準に従って施工すれば、一般的な筋交いの2倍の耐力があると認定される。コストはOSB構造用パネルと同等だが、サンダー仕上げが不要な分、安上がりだ。原料が木材の端材だから、資源有効利用にもなる。
 ハードボードの最大の魅力は、ホルムアルデヒド放出量がゼロであることだった。生産の過程で接着剤を使用していないのだから当然である。「日本は環境後進国だ」などと言い放ったばかりの私だが、どうしてどうして、日本にも安全無害な材料がちゃんとあったのだ。
 最大の弱点は寸法安定性が極めて悪いということである。固い段ボールのような素材だからやむを得ないが、熱や吸水に対し、長さや厚みの経年変化が著しいのだ。ハードボードはかって日本では大量に使われていた。私の持つ古い資料には多くのメーカーの製品が並んでいるが、新しいものにはほとんど掲載がない。この理由をメーカーに直接聞いてみると、やはり狂いやすいことが嫌われた結果らしい。

「なぜいまさらハードボードを?」と、メーカーの担当者さえ、まるで売る気がない。納品してからのクレームの多さに相当こりたらしく、外装材としてはもちろん、たとえ内装材としても推奨は出来ないと言い張る。
 私がホルムアルデヒドのことを持ち出し、ぜひ使ってみたい旨を説明しても、「はあ…」と反応はいまひとつだった。このことに限らず、メーカーの環境への啓発意識はポーズばかりが目立って、実情はまだまだである。ハードボードが安全無害な材料だったのはたまたまであり、決してメーカーの環境への配慮からそうなったのではないことを私は思い知った。上げたり下げたりで申し訳ないが、やはり日本は環境後進国なのだ。
 私がしつこく食い下がると、いまのハードボードの用途はオーディオ機器の裏板や額縁の裏板などごく限られたもので、工場への一括納入が大半であり、建材としては数がまとまらないと納品出来ないと担当者は脅かすように言う。クレームとやらが余程恐いらしい。しかし、私はあきらめなかった。

「150枚一括注文ならどうです?」

 こんなこともあろうかと、私は前もって計算しておいた内壁材としての概略枚数を言った。う〜ん、それだけまとまれば…。担当者は少し興味を示し始めた。
 寸法変化にも充分耐え得るように、施工時には5ミリ前後の目透かしを取ります。私はすかさずそう付け加える。

「特記仕様書にも御社の名前を入れましょう」

 私はさらにそうたたみかけた。すると担当者は、まあ、それだけ配慮していただけるなら…、とようやく話に応ずる気配をみせた。エコロジーハウスへの道は、なかなか険しいのである。



基本設計の終了 /99.1.30



 こうして三つ目の頼もしいアイテムが内装材に加わった。内装材に目途がつくと、計画はトントンと進み出す。
 最も枚数が多い壁材はすべてこのハードボード素地の目透かし張にしようと覚悟を決めた。多少の粗はあっても、安全には変えられない。床材は一階を床暖房にしようと考えていたので、コストははね上がるが安全無害なコルクタイル。二階床は安いハードボードで我慢し、暖房はパネルヒーターで賄う。地階床はコンクリート一発仕上げで、同じくパネルヒーター暖房である。
 一階天井は米松構造用合板、二階天井はOSB構造用パネルをそれぞれ目透かし張にする。二階の傾斜天井には、OSB構造用パネルの美しい幾何学模様がよく似合うに違いない。

 こうして内装材の仕様と工法はすべて決まった。屋根の下地材である野地板と二階床の下地材は、すべてOSB構造用パネルで賄うつもりだった。表面には見えてこない下地材だったが、ここでも安全な材料を使いたかった。すると、寸法が安定していてコストが最も安いOSB構造用パネルということに必然的になってしまう。
 外壁と一階床の下地材には、いったん保留にしてあった石膏ボードを使うことにした。外壁は木材を使う予定でいたから、せめて下地材には少しでも耐火性の強い材料を使いたい。温度が60度以上になる床暖房パネルに直接触れる一階床の下地材には、同じ理由で石膏ボードが必須だった。

 1月20日には換気計画が完了した。普通、基礎には床下換気口がついているが、これをすべてなくし、吸気口を一ケ所にした機械換気にしようと思った。ここから吸い上げた新鮮空気を地階→一階→二階と先に書いた「建物を縦に切り裂く吹抜け」を通し、建物頂部へと導く。二階傾斜天井の上端につけられた換気ファンから、汚れた空気を排出させる計画だった。建物全体を一本の煙突のように考えたのである。
 1月末には先に決めていた断熱材の仕様に従い、建物全体の熱抵抗、暖房負荷の計算を詳細に行った。ここで使うべき暖房機器の数やボイラの大きさなどを決める。特にボイラ能力は余裕がありすぎると間欠運転が頻繁になり、寿命が短くなる。コスト面からも、負荷の2割増くらいの機種を慎重に選定する必要があった。コスト削減のため、一階以外には一切給排水機器を置く予定がなかったので、給排水計画もこの時点で終了していた。
 換気、暖房、 給排水計画が決まると、電気照明計画もほぼ同時に終了する。照明に豪華なシャンデリアなどをつける気はさらさらなかった。光と影を強く演出出来る白熱灯が計画の中心だったので、安価なスポットライトとペンダント数個で充分である。

 こうして、基礎、構造、断熱、法規、施工、設備、動線計画、価格その他もろもろの問題をすべて解決し1月30日をもって基本設計は終了した。1998年10月末に初めて土地を目にして以来、初めてといっていい住宅の設計に夢中で取り組んで、ちょうど3カ月である。山登りにたとえると、ちょうど3合目にさしかかったあたりと言えようか。ちょっとここらで一休み、といきたい気分だったが、考えてみれば、図面はまだラフスケッチ段階、計算書もメモ段階である。まだまだ先には険しい道が残されていた。



実施設計進行中 /99.2.15〜2.25



 2月に入ると、「本業」である建築パースの仕事も徐々に動き始める。例年この時期には、確定申告書の書類も作成しなくてはいけない。直接お金にならない自宅の設計作業は、これらの仕事の合間に少しずつやらざるを得なくなり、作業の進行もそれまでのようなハイペースとはいかなくなっていた。
 それでも2月15日からは、パソコンで自分の設計事務所名の入ったA3の専用紙を作り、詳細な平面図を初めて描き始めた。これらの図面は「実施設計図」と呼ばれ、そのまま確認申請に使われるだけでなく、見積や施工にも使われる極めて重要な図面である。
 さんざん検討を重ねたつもりでも、いざ実施設計図を描いてみると、それまで見えてなかった動線や配置の欠陥がいろいろ見えてくる。妻の意見なども取り入れ、細かな修正を加えながら少しずつ作業を進めた。

 実施設計作業が具体的に進行しだすと、いよいよ住宅金融公庫に資金の借入れを申し込む必要があった。平成10年度第4回マイホーム新築受付期限は、1月18日〜3月12日だった。一般的に公庫の借入れは早いほどいいと思われがちだが、必ずしもそうではない。金利は募集する回ごとに変わり、次回の金利がどうなるかは非常に読みにくい面もある。このときの金利は、床面積80〜175平方メートルの場合、いわゆる基準金利が年利2.2%、それ以外が年利2.3%だった。次年度の金利上昇は避けられない、と世間では騒ぎ立てていた。どうしてもこの回に申し込まなくてはいけない。
 ではなぜ募集開始すぐに申込みをしなかったのか?それは以下のような事情による。

 公庫の申込み窓口は銀行だが、ここで申込みを受けると数日で「今後の手続きのご案内」という葉書がくる。この葉書が来た段階で、この2カ月後には設計審査書類をすべて整え、提出する必要があった。公庫の「設計審査書類」とは、すなわち確認申請書類に限りなく近い。(実際には、さらにいくつかの図面を追加しなくてはいけない)その時点で設計作業が完全に終わっている必要がある。もしも設計作業が間に合わなかった場合、申込みが流れてしまうことになる。新たな申込みは最初の申込み日から6カ月を過ぎないと出来ないきまりがあった。
 つまり、金利を気にするあまり、あまりにも早く申込みをしてしまうと、アブハチ取らずになりかねない。金利と設計作業の進行をにらみあわせ、早すぎず、しかし遅すぎないタイミングを見極める必要があるのだ。



公庫申込みに滑り込む /99.2.25〜3.2



 実施設計作業の進行状況から考え、公庫申込みの時期は最終的に3月上旬と決めた。すでに実施設計はかなり進んでおり、普通の設計作業なら、ここからの2カ月は充分余裕のある期間である。だが、今回の私の設計には、先に書いたように、建てる土地に「地区計画」というやっかいな規制がかけられていた。
 地区計画届を首尾よく通すには、最低1カ月の期間が必要、と事前の調べで知っていた。この地区計画届の申請を出すには、設計書類が完全に整っている必要がある。そして、地区計画の許可がまずおりないと、建築確認申請は出せない。従って、金融公庫の設計審査も出せない…。
 つまり3月末までに設計作業をすべて終えたとしても、それから地区計画の審査に1カ月かかるとすれば、建築確認申請と金融公庫の設計審査(札幌市の場合、この二つは同時に行われる)の申請は4月末となり、5月上旬のリミットにぎりぎりである。これが私の計算したシナリオだった。(結果的にこのシナリオが正解だったことを後に知る)

 このシナリオに従い、2月19日に妻と二人で建設地に最も近い銀行の支店に向かった。ところが、時間には充分余裕をみたはずなのに、折からの風雪による道路渋滞で、車は一向に進まない。ようやくたどり着いたのが午後3時半過ぎで、銀行はすでに閉まったあとだった。やむなく真冬の現地を見て帰ることにする。
 遮へい物の全くない現地は、町中よりさらに激しい風雪が吹き荒れていた。積雪は約1メートル。私たちはこの地で近い将来暮らすことに身のしまる思いでいたが、もう後戻りは出来ないのだ。

 2月25日、ようやく銀行で公庫申込書類を購入。翌日、申込みに必要な過去2年分の所得証明を区役所にもらいにいくが、なんとこれが妻と二人分で合計8通も必要だった。払ったお金が都合3200円である。以後、すべてがこの調子で、まるで羽根が生えたかのようにお金がぱたぱたと出ていった。
 土地の登記謄本も入手し、必要書類はすべて整った。申込書類を慎重に記入する。建物の予定建設費は余裕をみて1100万とした。借入額は一般的には建設費の80%である。つまりこの場合、880万が借入額となり、残る10万が自己資金となる。これを一般金利2.3%で20年均等払いで借りるとすると、月々の支払額は45,777円。所得から逆算した返還負担率の上限20%を、悠々満たす数字だった。
 なんとなく数字が少なすぎる感じがしたが、何度見直しても間違いはない。機は熟した。3月2日、ようやく書類を提出。家造りにむけて、いよいよ本格的に事は動き始めた。
(このとき、充分考えて記入したはずの予定建設費の数字に重大な錯誤があり、のちのちに血をみる結果となる)

(第5話「図面は出来たが金がない」へと続く)