2004...第1回入選
 バーチャル・フェンス 〜Virtual Fence



 2004年のテーマは、『北国の風土・札幌がもつイメージをカタチにしたデザイン・アイテム』だった。この年は仕事が数年ぶりともいえる活況で、このご時世でそれ自体はありがたいことなのだが、それとは別に趣味の活動でもいろいろと多忙を極めていた。
 冒頭でもふれたように、実行委員会からの再三のお誘いにも関わらず、当初は応募する気はなかった。「商品化をイメージしたデザイン」という点でも、気持ちに引っ掛かりがあった。それでも結局応募に踏み切ったのは、ある種の義理立てからである。私の場合、時として義理はすべてに優先する。

 さて、いざ応募しようと腹をくくると、今度はその目標にむかってばく進するのも、また一方の私だった。実は2年前「札幌国際デザイン賞」に入選したとき、(次はこれでいこう…)と心密かに暖めていたアイデアがあり、手帳には何枚かのスケッチとメモが残してあった。
 ひょっとすると、私はメモ魔かもしれない。仕事にしても遊びにしても、多くのアイデアは些細なメモから生まれている。これに関しては、いつか別の機会で詳しくふれたい。

 はてさて、そのアイデアとは、一言で書くと「見えない塀」である。住宅の間取りや外観デザインを考えるのは建築家の大事な仕事だが、家の回りの庭や塀などまで心を配り、街並とのバランスまでを考慮した広い視点でのデザインもまた、建築家のもうひとつの重要な仕事なのである。
 この「見えない塀」に関しては、すでに自宅の周囲に試作品を作り、その効果を充分確かめていた。これに多少の修正を加え、「生活の中の楽しさ、面白さ、新しさ、豊かさ」のエッセンスをちりばめてやれば、おそらく今回のコンペの合否ラインに達する…。
 そう考えると、多忙のなか、ほぼ一日で下記のようなプレゼンを作り上げた。
(文章とイラストは応募時のまま)



CONCEPT



隣地との境界に、居丈高なブロック塀やコンクリート塀が本当に必要だろうか?
人や鳥や動物は自由に行き来出来るが、視覚には感知出来ない線を意識下に引く
「バーチャル・フェンス〜Virtual Fence」を、
北国の街並を美しく整える境界塀として提案したい。



DETAIL



「バーチャル・フェンス」は1本の金属杭、それにつながる焼き丸太、そして最上部に載せるステンレスカップの3つの素材から成る。

金属杭は安価で丈夫な工事用亜鉛メッキ足場パイプを使う。土中に長期間埋設されても、腐食には極めて強い。
 焼き丸太は針葉樹の間伐材を使う。先端を削り、金属杭のパイプの中に強く打ち込んで固定する。
 ステンレスカップは直径18センチ前後の底が浅いものを使い、底に穴を開けて丸太の中央にビス止めする。

 すべての素材は使用中も使用後も地球環境に悪影響を与えず、資源の有効利用にも配慮している。

施工は上部のステンレスカップをいったん取り外して行う。日本の土地は1820で割り切れる長さで区割りされることが多いので、打ち込み間隔はこの寸法を基準とする。

打ち込まれた「バーチャル・フェンス」を正面から見るとゆったりとして威圧感は全くないが、横から見ると整然とした列が作る暗黙の境界が、意識下に明解につながっている。



HOWTO



春、園芸好きはステンレスカップに花を飾り、隣地との境界を華やかなラインが彩るだろう。夏、鳥たちは「バーチャル・フェンス」を止まり木にし、杭から杭へと可愛いダンスを繰り広げるだろう。
 秋、降り注ぐ雨がステンレスカップに溜まり、雨上がりの陽射しにきわめくだろう。冬、雪がカップの上に静かに降り積もり、盛り上がってはやがて解けて凍り、自在な冬の造形を作りだすだろう。

「バーチャル・フェンス」は北国の生活に潤いをもたらす、新しくて楽しい境界塀である。



 今回のプレゼンには、自分でもけっこう自信があった。この数年の地道な努力で、3D-CGソフトを始めとするハイレベルなソフトをかなり自在に使いこなせるようになったからで、「コンセプトはよいが、プレゼンがいまいち」と審査員から言われ続けてきた問題点は、今回に限っては克服出来たと思う。

 日々の忙しさに流され、応募したことを忘れていたころに事務局から封書が届いた。応募作品が最終選考に残ったので、指定期日までに試作品を作って送付のこと、とある。
 この時点で最終選考にいったいいくつの作品が残っているのか、応募者には全く知らされていない。しかし、指定通りに試作品を作り、締切日までに送らないことには、すべてが無になってしまうのは明らかだった。
 再び厳しいスケジュールをやり繰りし、材料を買い集めて試作品を数時間で作り上げる。最初から低コストを考えていたので、わずか700円弱で試作品はほぼイメージ通りに完成した。

 入賞の知らせは、割と早くきた。「木の夢」部門の入選である。手応えはそれなりにあったので、正直に書くとあまり驚かなかった。しかし、私が一番驚いたのは、東京でデザイナーをやっている娘が、「スノーアスタリスク部門」で、私よりもワンランク上の優秀賞をとったと、翌日私あてにメールがきたことだった。
 娘も非常に忙しい身であるので、応募したことすら互いに知らない。前回に続く「父子ダブル受賞」というめでたい結果となった。

 娘の作品は、「雪の上に残す足跡」という難しいイメージを形にした、なかなか優れたものだった。「夢」や「遊び」の点でも、具体的な「商品化」の面でも、文句のつけようがない。蛇足だが、私が表彰式でいただいたのはガラスの楯だけだが、娘はかなりの額の賞金が副賞としてついていた。
 娘の作品は、その後写真入りで地元新聞の紙面を大きく飾った。ことデザインに関すれば、彼女はすでに完全に私の上を歩いている。もちろんそれは父親として、とてもうれしいことだ。