ガリ版印刷機 /'97.10
人気コーナー「Oh!Retro」今回は、かっての簡易印刷機のヒーロー「ガリ版」にスポットを当てます。
「ガリ版て何?」と思ったあなたは、たぶん20代以下。「懐かしいな〜」と思った方はたぶん30代、いや40代以上かもしれない。正式名称は「謄写板」といい、むかし学校で渡されるプリント類はすべてこれで印刷されていたのです。「ガリ版」の名の由来は、印刷原稿を作成する時に、ヤスリ板の上を鉄筆でこする「ガリガリ」という、歯の浮くような音がしたから。でも、今のコピー印刷機のように便利なものがなかった時代は、これが貴重な大量簡易印刷手段だったのです。
必要な道具は、鉄筆、ヤスリ板、製版用のロウ原紙、文字を修正する茶色の修正液。あとは印刷用のインクとローラーってところ。印刷機はたいてい木で作られていて、細かい網が張られた木枠がついている。昔の職員室には、ガリ版インク特有のツンとした刺激臭がいつも漂っていた。
印刷原稿を作る仕事は、通称「ガリ切り」と呼ばれ、ヤスリ板の上にロウ原紙をのせ、鉄筆で枠の中をひたすら文字で埋めてゆく実に根気のいる仕事だった。ガリ切りで内職をする人もいて、早い話がその道の「プロ」までいた。間違えたら修正液をぬり、乾くまでしばし待つ。のんびりした時代だったから、こんなことが出来たのでしょう。
原稿が完成すると、印刷機上部の網の部分の裏側に原紙をセットし、網の表側に調合したインクを乗せ、ローラーで上をこすって下の白い紙に一枚ずつインクを押し出す。原紙にはヤスリ板でこすられて文字の部分だけ小さな穴が開いているから、そこだけインクが滲み出てくる、って理屈なんです。
ローラーでこする→網を上げる→刷り上がった紙を取り出す→白い紙を乗せる→網で蓋をする→またこする。という流れ作業を必要枚数だけカタコン、カタコンとやる。これが当時の教師の重要な仕事だったのです。膨大なプリントを印刷するってところは今の学校も昔の学校も変りありません。
実は私は中2〜3の2年間、なぜか学級の編集委員長などやっていた。と言っても、自分で希望して引き受けた記憶などまるでないから、おそらく先生か誰かに、無理やり押し付けられたのでしょう。(^_^;
年に何度か発行される学級新聞は、校内コンテストなんかあったりして、いやいや引き受けた割には、結構真面目に取り組んだ。締切り間際には、原紙とヤスリ板を家にまで持ち帰って、深夜までガリガリやってたものです。
その甲斐あって、コンテストではいつも上位を占めていた。その時のガリ刷り新聞、今でも押入の奥にちゃんととってある。こうして考えてみると、「ガリ版」は私の創作体験の原点だったともいえる。「手間がかかる」「ガリ切りには技術が必要」「インクが服につくと絶対落ちない」などと先生方にはあまり評判のよくなかったガリ版。コピー機の登場で、またたく間に職員室から姿を消した。
しかし、世の中には物好きというか、私などよりもはるかにこだわっている人がいて、いまだにこのガリ版で個人的な文芸新聞など出している人がいると聞く。
鉄筆やヤスリ板は半永久的に使えるが、問題は消耗品。特にロウ原紙はもう絶対に手に入らないので、大量に買いこんであるそうだ。実はこの私も、仕事用にひとつだけガリ版の道具を使っている。それはいったいなんでしょう?
答えは鉄筆なんです。15年前に文具店で偶然みつけたもの。白いイラストボードの上に別のイラストなどをトレースダウンするときに使う。コピーをとって裏にカーボン(鉛筆)を塗り、表から線を鉄筆でなぞるわけ。ボールペンでも代用出来るけど、やはりゴムラバーの鉄筆のほうがはるかに手になじむ。老兵は密かに生きているのです。ではまた。