訪問ライブ顛末記


ディPOP・クリスマス会 /2014.12.19



 都心にある複合型障がい者施設のクリスマス会で歌ってきた。依頼は昨夕に突然あり、聞き覚えのある女性の声で、「以前にライブをお願いしたことのある施設ですが、明日のスケジュールは空いてませんか…?」と、いかにも申し訳なさそうに問う。
 すぐに施設長のNさんと分かった。聞けば、予定していたボランティア演奏者に突然のキャンセルが出てしまい、困っているという。前日のキャンセルとは余程の事情。インフルエンザか身内の不幸か…。

 この私も、喉をいためて直前にキャンセルを申し出たことが過去に一度だけある。予定は詰まっていたが、スケジュール自体は空いている。困っているときはお互い様である。障がいを持ちながらも気丈に施設を運営しているNさんを応援したい気持ちも働いた。
 事情を話して、30分程度という条件でお引き受けした。

 イベントは11時開始で、13〜14時がボランティア演奏の枠だという。夏場は30分ほどで着く場所で、雪も降ってなかったが、12時過ぎに家を出た。

 都心は渋滞激しく、到着は13時ギリギリ。ただちに設営を始める。会場が横に広いので、上旬の叙情歌サロンと同じスピーカー2台方式を選択。機材は増えるが、音に厚みが出る。叙情歌サロン成功の要因のひとつが、この新PAシステムにあった。

 13時10分過ぎから歌い始める。およそ50分で14曲を歌う。
(※はリクエスト)


「赤鼻のトナカイ」※
「高校三年生」
「年下の男の子」
「ソーラン節」
「知床旅情」
「幸せなら手をたたこう」
「雪が降る」※
「吾亦紅(初披露)」※
「リンゴの唄」
「雪國」※
「月がとっても青いから」
「圭子の夢は夜ひらく」※
「地上の星」※
「まつり」


 元気のいい曲を基本的に好む場なので、特に前半は手拍子系の曲を連発した。施設の特質として、年齢層が30〜90代と非常に広い。新旧のバランスも考慮する必要があり、なかなか手ごわい。

 1曲目から1弦に違和感を覚えた。手触りが頼りないのだ。しかし、音に狂いはなく、弦も切れていない。どうにも気になり、3曲目に入る前に再度確かめてみた。すると、弦が極端に緩んでいる。音が鳴ってないので、狂いようがないのだ。
 あわてて弦を巻き直す。初めての経験だったが、ペグの引っ掛かりが甘かったらしい。MCで適当につなぎつつ、無事に修復。一瞬ヒヤリとしたが、大事に至らずに幸いだった。

 7曲目の「雪が降る」から本格的なリクエストタイムに突入となる。時間に余裕があるときは、事前にリクエストを募っている場だったが、今回は全くのぶっつけ。しかし、すでにノウハウの蓄積があるので、大きな問題はない。

「吾亦紅」は以前からこの施設で要望の強かった曲。秘かに練習を重ねていた。かなり高齢の方からのリクエストで、初めて人前で披露したが、練習よりもはるかにうまく歌えた。
 場がシンと静まり返ってしまったので、続けてリクエストの出た「雪國」だと、静かさにトドメを刺す予感がし、自主的にニギヤカ系の曲を挟んだ。
 リクエストを受けつつ、全体のバランスを考慮して別の曲でつなぐ手法は、叙情歌サロンでのアドリブ的構成に通ずるものがある。

 後半は矢継ぎ早にリクエストが飛び出し、収拾がつかない状況にも一瞬なりかけた。結果として「乾杯」「旅姿三人男」「浜田省吾を何か」の3つはレパートリーになく、応えられなかった。今後の課題である。

 到着が遅れたお詫びの意味もあり、予定を大幅にオーバーして歌い続けたが、進行表通りに14時まで場をつないだので、Nさんには喜んでもらえた。
 ラストの「まつり」で場のノリは最高潮に。終わると、「よかったよ!」「最高だ!」のかけ声があちこちからかかる。ちょっと無理をしたが、急な代役の役目は十二分に果たせたと思う。歌ってよかった。

 年に1回のペースで依頼があり、今回が都合4度目。日頃からふれている「高くて険しい3度目の壁」を乗り越え、次なる世界へと進展した数少ない施設の仲間入りを果たした。


 

ノアガーデン・クリスマス会 /2014.12.21



 ネット経由で依頼のあった「介護付き高齢者住宅」という分類の介護施設クリスマス会で、初めて歌ってきた。イベントは14時開始だったが、多忙で事前の会場調査が叶わず、余裕をみて13時過ぎに家を出た。

 会場の広さが分からないので、この日もPAは2スピーカー方式。奇しくも3日連続のライブとなってしまい、機材一式はカートに載せたまま、玄関に置きっぱなしの状態である。
 バッテリの充電と水の補給以外、機材の出し入れはせず、練習はずっとノーマイクでやっていた。

 施設はやや遠い隣区にあったが、昨日の暖気で路面は乾いていて、わずか35分で到着。担当のTさんの案内ですぐに会場を調べる。
 畳2枚ほどのステージ台がすでに準備してあったが、前後の幅が狭すぎて歌うには不向き。せっかくの配慮だったが、事情を話して片づけてもらった。

 会場が予想外に広く、100を超える椅子が整然と並んでいる。部屋の形状がL字形で、その角に相当する部分にステージが設定されている。ステージから見て左右2つのグループに分かれた聴き手に、均等に音が届くようPAとマイク位置を決めた。
 すでに利用者の方々が座り始めていて、職員さんも忙しく、マイクテストは結局やれなかった。

 14時よりやや遅れてイベント開始。職員さんによる仮装でクリスマスメドレーがまずあり、同じく職員さんによるソロのサキソフォン演奏があって、私の出番となった。
 組立てを終え、隅に片づけてあった機材を移動し、進行の方による紹介のあと、14時25分くらいから歌い始める。およそ40分で12曲を歌った。


「高校三年生」
「おかあさん(森昌子)」
「ソーラン節」
「知床旅情」
「幸せなら手をたたこう」
「リンゴの唄」
「バラが咲いた」
「丘を越えて」
「酒よ」
「月がとっても青いから」
「ウィンター・ワンダーランド」
〜アンコール
「大空と大地の中で」


 選曲リストは施設からの要望で、5日前に提出済み。各椅子の上には、曲順通りに印刷された歌詞カード付きプログラムが準備されている。アドリブ的な曲変更は一切できない状況だった。

 歌い進むうちに聴き手はどんどん増え、椅子が足りなくなって追加され、会場は立錐の余地もない状況に。職員さんを含めると150名はいたと思う。後で知ったが、全部で3つの棟に分かれた住居から、入居者の人たちが集まってきたらしい。

 過酷なスケジュールにもかかわらず、この日も喉は絶好調をキープ。漫然と日を過ごすより、気を張って節制に努めているほうが、むしろ好調を維持しやすい感じもする。
 初めての場なので進行は手探りだったが、反応は非常によかった。職員さんのチームワークもよく、上手に盛り上げてくれる。場は尻上がりに熱を帯び、曲に応じて手拍子や笑顔、そして涙が交錯した。

 過去の経験からあまり効果を期待してなかった歌詞カードだったが、予想外にみなさんが一緒に歌ってくれるので驚いた。年齢層は50〜100歳と幅広く、それに応じた新旧取り混ぜた選曲をと望まれたが、結果として大きなハズレはなかったように思える。
 歌声が最も多かったのが、意外にも「バラが咲いた」。次いで「リンゴの唄」「酒よ」といったところ。このところ感じるのは、吉幾三の強さ。介護施設系での定番ソングも、そろそろ見直すべき時期かもしれない。

 進行通り15時で歌い終えたが、担当のTさんの音頭で、いきなりのアンコール。事前に打診があったので、いわゆる「お約束アンコール」の範ちゅうだが、場の流れには沿うものだった。
 何を歌おうか聴き手に尋ねてみると、これまた意外にも「松山千春!」の声が複数。松山千春は数曲のレパートリーがあったが、代表曲の「大空と大地の中で」に落ち着く。

 予定時刻をややオーバーしたが、終わって機材を片づけていると、多くの利用者の方が近寄って声をかけてくれた。中にはプログラムを差し出して、「記念にサインをください」とか、「一緒に写真を撮りたい」などの申し出も複数。
 写真は過去にも経験があったが、サインは初めて。そんな柄ではないが、ここは素直にお受けするのが人としての道、と自分に都合よく考えた。

 担当のTさんを初め、スタッフの方にも大変喜んでいただく。施設として力を入れたイベントで他にゲスト出演者はなく、ミスは許されない状況だったが、大役は果たせた。
 珈琲とケーキを前にあれこれとお話ししたが、実は別の施設にいたときに私の歌を聴いたという職員さんが4人もいて、施設長のTさんに推挙してくれたのだとか。名前の記憶を頼りに、連絡先をネットで調べたのだとか。
 どんな小さな場でも手を抜かずに最高のライブをやろうと常日頃から心がけ、反省点の修正も怠らずにいるので、正直うれしかった。ひそかに見てくれている人はちゃんといるのだ。

 今年の依頼型のライブは、この日で最後。ちょっと追われたが、締めくくりに相応しい大団円である。


 

某精神科・ケアコンサート /2015.1.22



 市内遠方にある某精神病院のケアコンサートに出演した。依頼は昨年11月ころにネット経由であったが、患者の療法の一環として歌って欲しいとの打診に、自分には荷が重すぎるように感じ、二の足を踏んだ。
 しかし、ネットで私の活動をよく調べたすえの依頼らしく、「菊地さんが普段演っているスタイルのままでいいですよ」とのお話しに、やってみる気になった。

 とはいえ、未知の場であることに変わりはない。30代前半から60代後半の通院患者30名弱が聴き手で、年齢層はかなり広い。平均年令は50歳ほどで、イメージとしてはチカチカパフォーマンスのターゲット年齢層あたりか。
 遠方ということもあって下調査の時間がとれず、自分なりに構成を練って準備した。

 このところライブになると悪天候、そして種々のトラブルが重なっていたが、珍しく何事もなく出発できた。しかし、一車線道路に入ってから急に流れが悪くなった。あちこちで除雪排雪作業をやっていて、路肩の違法停車も多数。豪雪の爪痕は深い。
 余裕をみて予定の1時間半前に出たはずが、到着は開始15分前だった。

 リスクを避け、この日も2スピーカー方式を選択。会場が横にかなり広かったが、余裕をもって対処できた。
 定刻の14時からライブ開始。先方の希望通り、ぴったり40分で以下の11曲を歌った。


「ブルーライトヨコハマ」
「いい日旅立ち」
「つぐない」
「糸」(初披露)
「サボテンの花」
「仰げば尊し」
「カントリー・ロード」
「雪國」
「レット・イット・ビー」(オリジナル訳詞)
「エーデルワイス」
「天使のウィンク」


 通院患者以外に入院患者の姿もあり、聴き手は職員も含めて40名ほど。なぜか10歳くらいの女の子が2人いた。誰かのお見舞いに訪れたついでだったかもしれない。子供むけの曲が偶然あって、幸いだった。
 構成には頭を悩ませたが、季節感に配慮しつつ、普段よりやや叙情性を強くして、アルペジオ系の曲を半分ほどに増やした。幅広いジャンルからの選曲にも腐心した。

 場は終始静ひつ。聴き手全員が席についたまま、身動きひとつしない。しかし1曲終えるごとの拍手は熱かった。
 この日は努めて譜面を見ずに、会場を見回しながら歌うようにしたが、聴き手の射るような視線に圧倒された。歌に対する強い集中力を感じた。

 手拍子や笑顔そして涙、一緒に歌うなどの反応も皆無に近い。これまで病院の内科や整形外科でのライブ経験はあるが、反応は全く異なる。難しいといえば、これほど難しい場はないかもしれない。
 聴き手参加型や暗黙に手拍子を促す曲は意図的に外したので、ライブ自体は問題なく進んだ。

 途中、看護師さんに手を引かれて50代とおぼしき男性入院患者が現れたが、会場は満席で私の目の前の席しか空いていない。席についたその男性、寝ていたところを起こされでもしたのか、そのままテーブルに伏せてしまった。
 一瞬やりにくい雰囲気になったが、平静を装ってそのまま淡々と歌い続けた。すると、「サボテンの花」になって急に男性が起き上がり、熱心に聴き始める。そのまま最後まで聴き続けてくれた。

 ずっと静かなままだった会場が、「最後は明るく締めくくりたいと思います」とMCで告げて「天使のウィンク」を歌い始めると、期せずして小さな手拍子が湧き上がり、たちまち会場全体に広がった。
 ていねいに歌い続けたことが報われた気持ちで、普段のライブとはちょっと違う喜びが、身体中に湧き上がった。

 終了後に担当の方にうかがうと、どのようなパフォーマンスでもこうした静ひつな雰囲気になってしまうそうで、それは「他とのコミュニケーションが苦手」という、症状のひとつでもあるのです、とのこと。
 とはいえ、終了後に「よかったよ〜」「また来てね」と明るく声をかけてくれた中年女性も数人いたので、(この方々にどのような疾患があるのか、外見では全く分からなかった)初めて経験する難しい場としては、満足すべき結果だったと自己評価したい。


 

ツクイ札幌太平・訪問ライブ /2015.2.21



 ネット経由で依頼があり、昨年12月に歌わせていただいたばかりのデイサービスから再び招かれた。好評だったので、ぜひにとの要望。
 同じ施設での間隔の短いライブは禁物だが、前回とは曜日が異なり、利用者の大半が入れ替わるというので、ありがたくお受けした。

 場所は車で10分ほどの近場で、開始20分前に到着した。前回は厳しい真冬日で参加者は少なかったが、この日は春を思わせる温暖な陽気。参加者は倍の30名ほどに増えている。安全をみてスピーカーを2台持参して正解だった。

 予定ぴったりの14時から歌い始める。突発リクエスト、職員さんとのコラボ演奏、アンコールなどあって、およそ55分で18曲を歌った。
(※はリクエスト)(◎は職員さんとのコラボ演奏)


「北国の春」
「おかあさん」
「真室川音頭」
「みかんの花咲く丘」
「二人は若い」
「リンゴの唄」
「宗谷岬」
「少しは私に愛を下さい」※
「少年時代」※

「お座敷小唄」
「矢切の渡し」
「月がとっても青いから」
「いい日旅立ち」
「浪花節だよ人生は」
「あの素晴らしい愛をもう一度」◎
「青い山脈」◎
「影を慕いて」※
〜アンコール
「ソーラン節」


 初めて歌った前回は、涙あり笑いありの大変な盛り上がりだったが、その流れで依頼された2度目は、実は要注意である。聴き手は同じ感動を求めがちだが、どのような優れた歌い手であっても、短い間隔ではどうしても飽きられる。ニンゲンとは飽きる動物なのだ。
 聴き手は大きく入れ替わっていたが、前回と重複する顔も見える。そんな展開を見越し、構成は大幅に変えて臨んだ。春の到来をイメージし、気分を一新してニギヤカ系の曲中心で構成した。

 全体として、ほぼ思惑通りにライブは運んだ。途中で利用者の方から飛び出したリクエストは、普段ならプログラム終了後に歌うが、今回はラストに職員さんとのイベントが控えていることもあって、流れの途中にはさみ込んだ。
 そのコラボ演奏、マイクは職員のKさん(男性)に握ってもらい、私は伴奏に専念。サビの部分だけノーマイクで合唱したが、これがぶっつけ本番にも関わらず、非常にうまくいった。会場もヤンヤの喝采。
「アンコール!」の声も飛び出し、予定にはなかった「青い山脈」まで一緒に歌うことに。そもそも最初に声をかけてくれたのがKさん。コラボ演奏の提案もKさん自身である。

 普通はこれで場は収まるが、一度上がった熱はなかなか冷めず、その後も請われるままに2曲を歌う。レパートリーにない「影を慕いて」は、うろ覚えのままアドリブで1番だけを歌ったが、まずまず満足していただけた。

 終了後、進行の職員さんが「みなさん、なにか菊地さんにご質問は?」と、これまた全く予定にないことを問う。するとすかさず、「普段歌っているお店があれば、教えてください」との声あり。チカチカパフォーマンスでもしばしば問われるが、あいにくそんな店はない。

 そこで、「札幌駅前通のチカホで月に数回歌ってます」「近隣の地区センターロビーで年に3回ほど歌ってます」と告知すると、案内状が欲しい、オリジナルCDがあるなら買いたい、と思わぬ方向に話が展開する。
 どちらも持参してなかったが、ぜひにとの要望に、終了後にKさんがわざわざ自宅まで取りに来てくれることになる。信じ難い話だが、CDが2枚売れた。

 介護施設系の場でライブ告知をしたり、CDを販売したりなど、これまで考えもしなかったが、今後はある程度準備しておくべきなのかもしれない。
 川が流れるままに、小舟はゆらゆらと水に漂ってゆく。


 

ベストライフ東札幌・2月誕生会 /2015.2.22



 車で30分ほどの距離にある有料老人ホーム、誕生会イベントに出演。全国展開の組織で、市内にある系列の4施設からは、それぞれ定期的に招かれている。
 今回の施設は、およそ1年半ぶりの訪問。都合3度目となるが、全般的に明るめの曲を好む傾向があり、記録によれば前回も大変な盛り上がりだった。

 開始20分前に着いて、担当の職員さんと細かい打合せ。最初に施設側のイベントがあるが、その冒頭で「誕生日の歌」をギター伴奏でリードして欲しいという。つまり、開始時点で完全に音が出せる状態にしておく必要があった。
 横に長い会場なので、PAは今回も2台を持参。いつもより左右の位置を広めにとって備えた。

 14時30分からイベント開始。まずは「誕生日の歌」を2度繰り返して歌う。その後2月が誕生日の入居者の紹介、プレゼント贈呈などがあって、予定より7分早い14時38分から私のライブが始まった。
 聴き手は前回と変わらず、職員を含めて70名ほど。2日連続の介護施設系ライブとなるので心身の負担を減らすべく、構成は前日と似た内容で臨んだ。およそ40分で13曲を歌う。


「北国の春」
「おかあさん」
「真室川音頭」
「みかんの花咲く丘」
「幸せなら手をたたこう」
「リンゴの唄」
「宗谷岬」
「サン・トワ・マミー」
「矢切の渡し」
「月がとっても青いから」
「いい日旅立ち」
「高校三年生」
「青い山脈」


 施設側の嗜好等を配慮し、3つの歌を差し替えた。
「二人は若い」→「幸せなら手をたたこう」
「お座敷小唄」→「サントワマミー」
「浪花節だよ人生は」→「高校三年生」

 歌い始めると、前回とは明らかに空気感が異なることに気づいた。各席にケーキと飲み物を配る職員さんの動きが慌ただしく、聴き手も食べるに忙しく、いまひとつ歌への集中を欠いた。
 自然発生的に手拍子が飛び出す最初の3曲でも場は静まり返ったまま。叙情性の強い「みかんの花咲く丘」「リンゴの唄」で一緒に歌う人が現れたが、その声は小さく、場を支配する静ひつな気分に終始大きな変化はなかった。

 そんな流れにも上手に対応するのが歌い手としての技量なのだが、切り換えは難しかった。前日のデイサービスライブでの盛り上がりを気持ちの中で引きずっていたかもしれない。
 施設側から要望されていた「40分程度」という演奏時間はきちんと守ったが、前回飛び出したアンコールも今回はなく、もちろんリクエスト等もない。歌い手としては消化不良のイメージで終えたライブとなった。

 終了後に自分なりに分析してみたが、いつも元気なかけ声で場をリードしてくれる入居者の男性の顔が、なぜか今回は見えなかったこと。全体的に入居者の高齢化が進み、デイサービスと違って入れ替りも少なく、それが反応を弱くさせた大きな要因のように思われた。
(入居時に一時金を納入するシステムの有料老人ホームは、概して入れ替りが少ない)
 老いてゆくのが人としての自然の摂理で、その流れに棹さして引き止めるのは、一介の歌い手にとって至難の業といえよう。

 多様な嗜好にもある程度対応できる態勢が整ったいまの自分には、聴き手が固定化された有料老人ホームやグループホームより、聴き手の入れ替りが激しく、嗜好も幅広いデイサービスや地域サロンのような場が似合ってきたのではないか。
 自分の技量に応じて、場も自然に移り変わってゆく。


 

ツクイ札幌東・訪問ライブ /2015.3.8



 車で20分ほどの隣区にあるデイサービスから、およそ8年ぶりに招かれた。前任者はとうに交代していて、担当者は過去の記録からではなく、たまたまネットで私を見つけて声をかけてくれた。長く活動を続けていると、こんなこともある。
 さらなる偶然は、この施設の系列で最近しばしば歌っていること。先月下旬にも近くの施設で歌い、来月中旬にも別施設で歌う予定がある。いずれもこのところ急増しているデイサービスからの依頼である。

 まるで初夏のような陽気で、気温はぐんぐん上がって今年最高の7度を突破。歌の構成は予め春モードで準備していたが、服装も急きょ薄手の春モードに変えた。

 開始20分前に着いて、その日の利用者から出たリクエストを事前に打合せる。
「浜千鳥」「東京ナイトクラブ」「さくらさくら」「ワインレッドの心」「ルビーの指環」「青い山脈」「憧れのハワイ航路」「誰か故郷を想わざる」の8曲が提示されたが、「東京ナイトクラブ」「ワインレッドの心」「誰か故郷を想わざる」以外の5曲は歌える。
 全体のバランスや時間などを総合的に考慮し、「浜千鳥」を中ほどで、「青い山脈」「憧れのハワイ航路」をラストで歌うことになった。

 15時2分くらいから開始。簡単なオヤツが出ていたので、まず2曲歌って短い休憩を入れ、その後本格的に歌い進めることになった。およそ1時間で18曲を歌う。(◎はリクエスト)


「北国の春」
「おかあさん」
「お富さん」
「みかんの花咲く丘」
「幸せなら手をたたこう」
「リンゴの唄」
「宗谷岬」
「お座敷小唄」
「浜千鳥」◎

「釜山港へ帰れ」
「仰げば尊し」
「月がとっても青いから」
「いい日旅立ち」
「浪花節だよ人生は」
「花笠音頭」(初披露)
「憧れのハワイ航路」◎
「青い山脈」◎
〜アンコール
「高校三年生」


 構成はこのところ介護施設系で使っている春メニューがベース。聴き手は30名ほどで、8年前と同様に開始早々から非常に場の反応がよく、ライブはスムーズに進んだ。
 手拍子やかけ声など、何も声をかけなくても自然に飛び出す。「幸せなら手をたたこう」は過去に例がないほどの盛り上がりだった。「リンゴの唄」「浜千鳥」「いい日旅立ち」では涙も飛び出す。「宗谷岬」「釜山港へ帰れ」にも強い手応えを感じた。

 終わり近くに歌った「花笠音頭」は、実は8年前に歌った際にもらったリクエストだった。過去のライブ記録を読み返して気づいたが、当初は先月下旬の系列別施設で出たリクエストを練習していたもの。そんないきさつならば、ここで初披露すべきである。
 8年も前のことであり、リクエストを出した方は見当たらなかったが、予想外に受けた。聴き手が「合いの手」で参加できるのが魅力。この曲は今後大事な場面で使えそうだ。

 利用者にマラカスを主としたパーカッションを得意とする方がいらして、曲に合わせてリズムをとってくれて、これまた場を乗せるには格好の条件。笑いあり涙ありのままトントンと進み、あっという間にラストへとなだれこむ。
「青い山脈」を歌い終えて挨拶を済ませても場の熱は収まらず、自然発生的な「アンコール!」。時間は終了予定の16時に迫っていたが、求めに応じて「高校三年生」を歌った。

 この日の喉の調子は決して万全ではなかったが、場の後押しで無難に乗りきれた。歌い手と聴き手とが一体となったとき、ライブは頂点に駆け上がる。そんなことを改めて感じた。