ホームあじさい・クリスマス会 /2010.12.22
「ホームページで見ました」と、見知らぬ方から電話があったのが、およそ1ヶ月前のこと。グループホーム職員の方で、平日だがクリスマス会で歌っていただけないか、との打診だった。実はホームページには、「活動日は土日祝の午後のみ」と明記している。しかし、近隣地区で業務に支障がないと予想される場合、例外的にお受けすることも過去にはあった。
先方の希望時間は午後1時40分開始で、場所は実家近くのよく知っている地区。普通の交通事情なら30分ほどで着く距離で、ちょっと迷ったが、年末は緊急の業務は稀ということもあって、結局お受けした。
初めての場には事前に調査にうかがうこともかってはあったが、最近はおよその様子を電話で担当者に確認するだけで済ませている。丸6年途切れることなく活動してきたので、このあたりの要領は概ねつかんだ。
駐車場の位置、歌うスペースやコンセントの確認のほか、年齢層や聴き手の好みも電話で確かめたが、「しっとり系よりはニギヤカ系を好みます」との情報で、それに応じた構成で臨んだ。
当日、幸いに緊急の仕事は入らず、普通に準備して12時50分に家を出た。この日はフットタンバリンを使う予定だったが、いつも使う移動用の段ボール箱には余裕がなく、入らない。バックをもうひとつ増やそうかと悩んだが、段ボール箱をしばる紐にくくりつければよいことに直前で気づく。機材はなるべく少ないのが望ましいのだ。
時期外れの暖気で雪はかなり解けていて、35分ほどで現地に着く。土地勘のある場所なので、迷わずに一発で見つかった。施設はビルの3階にあり、機材搬入に手間取ったが、開始予定5分前にはスタンバイ。予定きっちりにライブは始まった。
初めての場は嗜好がつかみきれないので構成が難しく、リスクの多い初披露の曲や外国の曲は極力避けた。この日歌ったのは結果として以下の12曲。
「ジングルベル」
「函館の女」
「青い山脈」
「故郷」
「夕焼け小焼け」
「丘を越えて」
「ソーラン節」
「高校三年生」
「二人は若い」
「ここに幸あり」
「真室川音頭」
「上を向いて歩こう」
予定通り、1曲目にフットタンバリンを使った効果か、いきなり手拍子をいただいた。幸先の良い出だしで、以降、手拍子の連発。一気に場をつかんだ印象である。
聴き手は入居者と職員をあわせて15名ほどだが、どの顔も喜色満面で、かってないほどのいいノリである。「函館の女」「青い山脈」では、間奏にまで拍手歓声があがるほど。間奏の途中で思わず「ありがとうございます!」と、曲間MCで応じてしまった。
この「曲間にMCをアドリブで入れる」という技は長い間やろうと思いつつ、できなかったものだが、最近になってようやく自然にやれるようになった。場を盛り上げるには非常に効果的で、これまた長い経験のたまものである。
あまりにノリが良過ぎ、最後まで聴き手の元気が持つかどうか不安になってきた。そこで予定を少し早め、じっくりしんみり聴いてもらえる唱歌童謡を2曲続けて歌う。しかしここでも一緒に歌ったり、軽い手拍子が入ったりし、強いノリノリ気分は衰えを見せない。前列に座っていた介護度の強い方々も、唱歌童謡になると生き生きと目が輝きだす。唱歌童謡には日本人の魂に訴えかける強い力があると再認識した。
5曲歌い終えたところで心配になり、「みなさん、ずっとこの調子で大丈夫ですか?」と思わず問いかけた。職員の方からは結論が出ず、入居者の方々からは「いけるところまで歌って!」と、元気のよい反応。こうなればとことん突っ走ってみるかと、以降も同じ調子で歌い継いだ。
その後4曲をにぎやかに歌ったが、「二人は若い」あたりから、歌い終えた後の拍手に少し勢いがなくなったのを察知した。時計を見ると、開始からすでに30分近い。しかし、「二人は若い」では、「あな〜た」の問いかけに「な〜んだい」と、複数の入居者の方から反応があったから、熱い反応がずっと続いていたことは間違いない。
(この歌に事前の打合せなしにアドリブで反応があったのは、初めての経験)
とはいいつつ、平均80代という方々に疲れがあるのは明らかだったので、休憩の意味をこめ、急きょ叙情系の「ここに幸あり」を歌う。歌い終えると職員のKさんが近寄ってきて、(あと2曲くらいで打ち切ってください)と小声でささやいた。場の空気を読んだ適切な判断だった。
そこでラスト2曲を選び、歌い納めとする。「真室川音頭」では再びフットタンバリンを使い、当初からラストにと決めていた「上を向いて歩こう」では、いつもより短めに歌詞を詰めて歌った。「あと2曲で終わりです」と事前に宣言したので、場の元気は復活していた。
終了後、「よかったね〜」「全部知っている歌だったね〜」と、多くの方が口々に語り合い、喜んでいる。最後まで喜色満面で拍手していた方が、終了後になぜか涙を流している。
「なんだか涙が流れるねぇ〜」と、本人も自分の涙の訳が分かっていない。後半に泣くような歌は特になかったはずで、もしかすると高揚感によるうれし涙に近いものだったかもしれない。
どんなライブでも反省点はあって、反省なくして前進はない。2曲目の「函館の女」で、2番の出だし最高音部で声が少し裏返ってしまった。喉の調子が100%ではなかったことが原因だが、キーをひとつ下げるなり、リスクのある曲は喉がなじんでくる後半で歌うなりすべきだった。
マイクスタンド兼用の譜面台ホルダは、改良型を使ったのはこの日が初めてだったが、ほぼ問題なくやれた。心配していた譜面交換時のノイズも気にならず、足元がスッキリして設置撤収が素早くできる。
フットタンバリンを立って使うのは初めてだったが、「ジングルベル」ではラスト近くでタンバリンが動いてしまい、位置修正で一部音が途切れた。「真室川音頭」では修正したので、今後の慣れが必要である。タンバリンのアピール度は期待通りで、今後とも使えるメドが立った。
PAでの反省は、スピーカーの向きがやや内側過ぎたのが、あとで写真を見て分かった。自分はモニタしやすいが、聴き手の立場を考えて角度をもう少し聴き手側にし、自分のやや後ろに置いてモニタすべきだった。PAの性能がよいので大きな問題にはならなかったが、機材設置時間にやや余裕がなかったツケである。
あれこれあったが、歌い手にとっては、拍手歓声も涙も強い賛辞だと私は思っている。この日はその両方を同時にいただいた。
私は歌いながら泣いたことは過去に一度しかないが、(20数年前の自宅でのホームスティライブ)逆に聴き手に泣かれたことは、20代前半から数多い。今年は特にそれが多い気がする。普段の創意工夫や練習の積重ねがそうさせているのだとしたら、それに勝る喜びはない。