サンフラワー・新年会 /2009.1.11
車で10分ほどの距離にあるグループホーム&デイサービス施設から、およそ1年半ぶりに招かれた。この施設からの依頼はいつも唐突。1週間前ころにいきなり「歌ってください」とくる。しかし、どういうわけか、スケジュールはいつも空いている。
今回も同様に1週間前での突然の依頼だったが、やはりスケジュールはぽっかり空いていた。よほど縁があるのか、はたまた一般の施設では依頼しない、「イベントの隙間」をねらって計画をたてているのか?ともあれ、久しぶりの依頼だったので短期間であったが、あれこれ準備して臨んだ。

切り口は「新年会」で、2年前にも同じ主旨のイベントで招かれている。当時のセットリストを参考に、多少の修正を加えて構成をすすめた。
ひとつ困ったのが、最初のホーム長さんの電話で、「ライブは1時間くらいお願いします」と言われたことだった。過去にも同様の時間枠で歌ったことがあったが、40分を過ぎたあたりで入居者の何名かが体調を崩し、中途退席した記憶があった。そのことを告げ、高齢者の体力では40分くらいが程よい集中度なのでは?と提案したが、なかなか納得していただけない。
やむなく、まずは40分歌ってみて、聴き手の体力や元気度をみてその後どうするかを決める、という方針に落ち着いた。
歌は1時間分として22曲を用意し、15曲前後を最初の区切りとするようにプログラムを組んだ。実際にそれがどうなるかはその時になってみないと皆目分からない。なんとも難しい話だが、40分以降をある種の「アンコール」と考えることにした。

当日着くのが少し早過ぎて、会場の準備がまだ整っていない。用具一式をまず運び込み、玄関ホールで10分ほど待った。
予定では1時30分から始まるはずだったが、定刻を過ぎても聴き手が全員集まらない。早くから座っている方々は、いまかいまかと始まりを待っている雰囲気だったので、予定にはなかった「カントリーロード」をマイクテストをかね、軽く歌って時間をやり過ごす。
1時35分にようやく全員が集まり、ライブは始まった。この日のプログラムは以下の通り。
「一月一日」
「ウインター・ワンダーランド」
「冬の星座」
「北風小僧の寒太郎」
「花」(瀧廉太郎)
「みかんの花咲く丘」
「ソーラン節」
「時計台の鐘」
「北国の春」
「崖の上のポニョ」
「埴生の宿」
「切手のないおくりもの」
「ここに幸あり」
「お富さん」
〜アンコール
「真室川音頭」
「お富さん」を終えて時計を見ると、2時15分。ここまでマイクテストを除いて14曲を歌い、ぴったり40分で、いつもながら抜群の時間コントロールである。
ホーム長さんに、「さて、どうしましょうか?」とお伺いをたてると、「玄関ホールで職員の寸劇がずっとスタンバイしていますので、そろそろ…」という話。寸劇のことは事前に聞いてなかったが、40分で終わらせたいというのは、もともと私が言い出したこと。そのつもりでプログラムも構成してあったので、すっぱり終わろうとしたら、「もう1曲だけ何かお願いします」と、再度の要望。
ホーム長さんは聴き手に「何かリクエストはありますか?」と募っているが、なかなかまとまらない。時間がむなしく過ぎ去る気配を感じたので、咄嗟に「真室川音頭」を歌って手早く場を収めた。

実はこのホーム長さん以外の全職員による寸劇「お正月」の存在が、ライブの進行にいつもの盛り上がりを欠く大きな要因となっていたことに気づいたのは、すべてが終わったあとのこと。
1曲目までは確かに職員の方々が会場にいて、いつものように賑やかに手拍子その他で、場を盛り上げてくださった。ところが、直後に職員の姿が突然消えた。思い返すと、写真のようなこった衣装とメイクの準備のためだったわけで、一人残された控えめな女性ホーム長さんだけで場を盛り上げるのは至難の業。

本来、場を盛り上げるのは歌い手の役目なのだろう。しかし、元来私は場を「泣かせる」のは得意だが、ニギヤカに盛り上げるのは、どちらかといえば苦手。それが自分のキャラクターと心得ているから、無理はしない。
この日もいつもと違う場の気分にすぐに気づいたが、逆にこういう時には、いつもは反応の弱いシンミリ系の歌、たとえば、「冬の星座」「花」「みかんの花咲く丘」「埴生の宿」「ここに幸あり」などに、かなりの手応えを感じた。時に応じて、歌の反応も変わる。それがライブだ。
また、「ウインター・ワンダーランド」「切手のないおくりもの」はこの会場では初披露だったが、他の会場と同様、
反応は非常によい。いわゆる「ツブシの効く曲」である。「北風小僧の寒太郎」も同じ系列の曲かもしれない。この種の曲もライブを円滑に進めるうえでは、欠かせないのだ。
「切手のないおくりもの」を歌う直前、複数の聴き手が席を立った。30分を過ぎると、どの施設でもこういうことが起きるもので、これに驚いてはいけない。
いずれも介護の必要な方で、一人では動けず、会場全体の集中度がかなり緩んだ。そこでしばし歌うのをやめ、歌のコード進行を延々と弾きつつ、場の空気をうかがう。一瞬落ち着いた間隙をねらってMCなしで歌い始めたら、場がすっと落ち着いた。
この日は職員さんのサポートが皆無に近かったこともあり、この技をかなり使った。介護施設に限らず、ライブで場の空気を調整するのにしばしば使うが、たいていはうまくゆく。

「高校三年生」「お座敷小唄」「丘を越えて」「二人は若い」など、延長に備えた「エース曲」を温存したままでライブはあっさり終わってしまったが、またの機会にゆだねるとしよう。
先にもふれたが、私のライブ直後に始まった職員の寸劇は非常に楽しいものだった。充分に練られたシナリオと、「場を楽しませる意気込み」を強く感じた。見習いたい。
実はこの劇には、私も冒頭で参加している。続きの和室で道具を片付けている途中だった私に、いきなり顔見知りの職員の方々がアドリブで演技をふってくるので、これまた咄嗟の判断で、「流れ者の歌い人」という設定で急きょ参加。ヤンヤの喝采を浴びる。
もしかして、歌以上?まさかそれはないでしょうが、これでも昔は学芸会で何度も主役を張ったもの。このくらいなら、いつでもやれますって。
