訪問ライブ顛末記


ホームのどか・夏祭り /2008.8.9



 ホーム長さんと長いおつきあいのあるグループホームでの夏祭りに招かれた。新規独立してまもないこともあり、イベント関係はまだまだ手探り状態である。しかし、ホーム長さんは単なる介護業務の義務的な遂行だけでなく、家族はもちろん、地域にも開かれた施設作りを将来的に目指している。
 今年で2度目の夏祭りもその一環で、広い芝生の庭を開放し、屋台やイベントを催して地域住民を招こうというのだ。その道は地域と密着した豊かな高齢化社会へとつながっているはず。志は高い。出来る限り、応援したいと思う。

 ライブの依頼は2ヶ月も前にあったが、実施日の数日前に再度の確認電話があり、その際に去年のライブで問題のあった部分をこちらから提起し、改善策を相談しあった。
 具体的には、ステージの場所とスピーカーの位置、そしてプログラムの構成だ。去年はステージの位置が定まらず、結局は狭いベランダの上で歌った。マイクと楽譜の置き場にまず苦心し、スピーカーの位置は手すりの真下で、普段よりもかなり前。聴き手は問題なかったが、歌っている本人が音を確認できず、ほとんど勘だけで歌った経緯がある。
 そこで今年は、聴き手と同じ芝生の上で歌うことを提案した。少し高めの台があればベストだが、なくてもいいですと言うと、探してみるとのこと。スピーカーはいつもより高めにしたほうが音が遠くに届くと考え、あれこれ試したあげく、手落ちの大小の椅子を2段に積むと、ちょうどいい高さになることが分かった。大きい椅子は折り畳み式で、小さい椅子は背もたれがないタイプ。何ら支障なく車に積み込める。

 プログラム構成に関しては、去年の経験で、ライブの途中から聴きにくる人が、かなりいることが分かった。普段のようなきっちり固まった構成では、対応が難しい。そこで今年は、かなり幅をもたせた構成にし、出し入れによって聴き手の急変にも対応可能なように準備した。

 夏祭りらしく、当日はカラリと晴れ上がった。陽射しが強烈だが、雨よりはまし。早めに家を出て施設に着くと、会場は芝生の庭にテントを張り、椅子を並べた本格的なものが準備されていた。
 設営の都合で、ステージ上にテントはない。しかし、ホーム側が冷たいおしぼりと飲み物を用意してくれ、汗はいつものバンダナで止めたので、特に不都合はない。ステージは芝生の端に少し高めの台を設置していただき、去年よりはるかに歌いやすい条件が整った。

 予定より少し早く、1時25分からライブ開始。この日のプログラムは以下の通り。


「憧れのハワイ航路」
「カントリー・ロード」
「星影のワルツ」
「高原列車は行く」
「宗谷岬」
「のどか小唄」
「ソーラン節」
「丘を越えて」
「箱根八里の半次郎」
「切手のないおくりもの」
「涙そうそう」
「知床旅情」
「二人は若い」
「上を向いて歩こう」


 去年同様、歌を聴きつけた近所の人がライブの途中でしわじわと増えてきて、予定の30分を過ぎても、ちょっと終わりにくい雰囲気になる。予定通り、途中で予備曲を追加で歌うなどしてうまく対応。結局予定を15分オーバーし、14曲を歌った。
 いずれも過去にある程度の評価を得た曲ばかりで、選曲面での大きな冒険はしていない。今年は去年のような「子供むけ」の曲はほとんど入れず、あくまで高齢者をターゲットにし、自分が得意でしかも歌いたい曲、そして夏祭りにふさわしく、元気のいい曲を中心に構成した。

 蓋を開けてみると、数人の子供がいるにはいたが、「カントリー・ロード」「宗谷岬」「ソーラン節」「切手のないおくりもの」「涙そうそう」「上を向いて歩こう」などは、老若男女に受けのいい曲。結果的に、この構成で成功だった。
「切手のないおくりもの」「涙そうそう」「上を向いて歩こう」は、実は調整曲である。「涙そうそう」では、本当は「お座敷小唄」を予定していたが、MCで事前に施設側に確認。要望により、「涙そうそう」に切り替えた。調整曲といいつつも、全体の流れには無理なくなじんでいたと思う。

「のどか小唄」はこの施設のために作ったオリジナル曲で、春のひな祭で初めて歌ったが、盛り上がりはいまひとつ。理由をあれこれ分析してみたら、バラード系の曲調が問題かもしれないと思い立った。「自分たちのホームの歌」→「手拍子でにぎやかに歌いたい」→「しかし、バラード系では、いまいち乗り切れない」、という方程式だ。今回そこを反省し、ガラリと曲調を民謡風に変え、タイトルも「のどか小唄」とした。
 リズムパターンは介護施設で人気の高い「お座敷小唄」そのまま。これに従い、メロディも一部変え、ラストの4番で転調させてさらなる盛り上がりを作った。
 結果は吉。ホームのオリジナル曲を披露する、というシチュエーションも、地域の人々に対するアピールという面で、施設側の思惑とピタリ合致したのだろう。歌う順も前回のようなラストでなく、真ん中にもってきたことも当たった。

 終了後、見知らぬ方が5〜6名集まってきて、声をかけてくださった。(あとで確かめると、近所の方や少し遠くのボランティア組織の方だった)

「きれいな声だ」「心に染みる歌だった」「また聴きたいが、どこに行けばあなたの歌が聴けるのか」「私たちの集まりでも歌って欲しいが、案内状か名刺をいただけないか」等々、歌い手冥利につきる声ばかり。そんな評価がにわかには信じがたく、「本当ですか?」と思わず聞き返すほどだった。
 実はこの日の調子は万全ではなく、何とか調整して80%ほどの仕上がりだった。その分自重してかなり抑え気味に歌ったのだが、それでも心に届くとは?
 力を抑えたその分、歌に気持ちは充分こめた。それが幸いしたのかもしれない。まだまだ分からないことがたくさんある。しかし、初めて歌を聴いてくれた方の評価がこれほど高かったことで、今後の活動に対する大きな自信が沸いた。

 あせらずおごらず、自分のペースで粛々と歌い続けていれば、おのずと道は拓けてゆくものなのか。だとすればうれしい。


 

ベストライフ東札幌・敬老会 /2008.9.14



 7月下旬にネット経由で依頼があった介護施設に歌いに行った。定員100名ほどの有料老人ホームだが、同系列のいくつかの施設で、過去に数回歌わせていただいた経緯がある。この施設で歌うのは初めてだったが、依頼のあった当初はてっきり紹介かと思いきや、全くそうではないという。全国規模の施設なので、同じ札幌市でもやり方には微妙な違いがあるのが普通。聴き手の好みにある程度の共通点はあるに違いないが、基本的に別施設と考えて準備した。
 偶然だが、場所は私の実家のすぐ近く。アマチュア定例ライブが開催されるフォーク居酒屋からも非常に近く、いわゆる「土地勘」のある場所だった。初めての施設には事前調査に行くのが普通だが、今回は行かずに済ませた。
 場所は最近インターネットで始まった「ストリートビュー」というサービスで事前に確認。街角の様子がまるでそこに行ったかのように画像表示されるので、場所を探して迷う心配はなかった。

 直前になっても確認電話がなく、さすがにちょっと不安になって2日前にこちらから電話を入れた。だが、あいにく担当者はシフトの関係で不在。電話応対した方にイベントの確認をすると、間違いなく午後2時半から敬老会の予定があるという。一安心して当日を迎えた。

 当日、全く迷うことなく開始時間の30分前に施設に着いたが、すでにステージは設定してあり、ピアノやら木琴、多数の譜面台と椅子がズラリ並んでいて、どうも様子がおかしい。
 応対してくれた窓口の職員に事情を聞いてみるが、話のツジツマが合わない。多くの職員が忙しく動き回っている中から、FAXをくれた担当者の名札をようやく見つけ、直接確かめてみた。すると、「予定通り、ライブは2時半からです。アンサンブルKの方ですよね?」
 違います、私はソロのギター弾き語りなんですが、と告げると、「エッ」と言った担当者の顔が一瞬こわばったように見えた。「2ヶ月前にご依頼いただいたFAXを車に積んであります。持って来ましょうか?」と私は言った。「少しお待ちください」と、事務室に駆け込む担当者。何だかイヤな予感がする…。

 しばらく待たされたあと、実は出演者は2組あり、予定の2時半には20名ほどの楽器演奏グループがスタンバイしていて、私はそのあとにして欲しいと突然言われた。どうやら依頼の時点で何らかの行き違いがあり、各出演者に話が通ってなかったようだ。
 雰囲気を察知し、「手違いがあったのでしたら、私はまたの機会ということで、このまま帰りますが…」と率直に申し出ると、施設長からは2組出演と言われているそうで、ぜひにと言う。それではと、待たせていただくことにした。
 控室も団体分のひとつしか準備がないとのことで、私はそのままホールの隅に座り、楽器演奏を聴くことになった。

 あれこれあって、楽器演奏が終わったのが3時15分。5分でスタンバイし、すぐに始めた。場所はメインステージ横のちょっとした空間。楽器演奏の用具類や椅子が多く、片づける時間がない。まあ、場所は1坪もあればどこでも歌えるので、たいした問題ではない。
 置かれた状況を冷静に判断し、聴き手もさぞや疲れているだろうと、曲も短め、MCも短めで、トントンサクサクと歌った。以下、当日の実施プログラムである。


「高原列車は行く」
「宗谷岬」
「高校三年生」
「夢追い酒」
「いい日旅立ち」
「炭坑節」
「埴生の宿」
「切手のないおくりもの」
「お座敷小唄」
「ここに幸あり」
「丘を越えて」


 楽器演奏では穏やかな唱歌と定番演歌が中心だったので、曲の重複をまず避け、構成をかなり変えた。シットリ系の曲をあえて外し、ニギヤカ系を多めにした。具体的には、「浜辺のうた」「荒城の月」を外し、保留曲だった「お座敷小唄」を歌った。非常に難しいステージだったが、この咄嗟の組み替えが効いて、うまく自分のペースに持ち込んだ。
 30分で11曲を一気に歌ったが、結構な人数が最後までつきあってくださった。終わると、かってないほどたくさんの入居者の方々が回りに集まってきて挨拶し、ねぎらってくださった。

「素晴らしい声だ」「懐かしい時代に戻れた」。さらには、「これまでのボランティアの中で最高だった」と言ってくださる方までいて、苦労が報われた気がした。
 ライブでのトラブルは、「ある」と考えていたほうが無難。何もなしに自分の思い通り運ぶほうが、むしろ少ないのだ。この活動も足かけ4年になり、トラブルを咄嗟の判断で無難にさばけるようになってきた。

 翌朝早く、施設の担当者から、感謝のFAXが重ねて届いた。よほど出来がよかったと見えて、「毎月の誕生会でも、ぜひまたおいでください」とある。同じ場で続けて歌うのもまた別の難しさがあるのだが、まずは素直に成果を喜ぼう。


 

あさひガーデン・敬老会 /2008.9.15



 前日に続いて、2日連続の訪問ライブである。偶然だが、場所も前日と同じ実家の近くで、施設も同じ有料老人ホームだった。実は依頼もほぼ同じ時期だったが、前日の施設が数日早く、スケジュールが空いていたこの日となった。
 事前調査となる場所の確認も同じくネットで済ませ、プログラム構成も同じで臨んだ。いろいろな条件が似通っていて、前日のライブが成功に終わったこともあり、やる前から気持ちの中にゆるみのようなものがあったことは否定できない。

 前日と違って施設側の段取りは完璧に近かったが、なぜか聴き手の反応はいまひとつだった。寝ているわけでなく、ちゃんと聴いてくれてはいるが、全体的に覇気がない印象だ。
 出演者は3組で、順番と開始時間の連絡は事前にちゃんとあった。最初が子供6人のチアリーディングで、次が私。最後がソロの尺八演奏という、うまいバランスだったが、どの出演者も場の空気をつかむのに腐心していたから、私だけの問題ではない。
 過去にも似た雰囲気の施設はあったが、前日のライブがうまく運んだことで、同じ曲順にかなりこだわった。普段ならこうした大人しい雰囲気の場では、予定にこだわらず、手拍子の出る元気のいい曲を早めに出す。
 具体的に言えば、4曲目の「夢追い酒」を捨て、手拍子が確実な「お富さん」を出すか、順序を繰り上げて「お座敷小唄」を早めに歌うといった機転である。もしこれが出来ていれば、場は早めに好転していたかもしれない。

 連続なので、喉の調子は昨日よりもやや落ちていた。施設長さんを含め、スタッフの多くが女性であることが、もしかすると関係していたかもしれない。
 それでも、「炭坑節」あたりからようやく場が盛り上がり、和んできた。曲間のMCで、「みなさんお静かですね」と施設長さんに振ったり、司会進行の担当者に、「あと何分くらい歌えばいいでしょう?」などと尋ねてみたり、場の空気を職員との対話型MCで変える工夫をやったりもした。
 時間調整の意味もあり、ラスト前で予定していたシンミリ系の「ここに幸あり」をカット。これは正解だったろう。対処がやや遅れたが、工夫すれば何とか流れは変わる。

 終わったあとで聞いたら、施設が開設してまだ2年目とかで、まだまだ運営面でも手探り状態らしい。どうりで…、と思ったが、もっと早めに何とか出来たかもしれない、その意味では、やや悔いの残るライブだった。
 2日続けて絶好調というわけには、なかなかいかない。同じ時期の同じ構成でも、場が変わると、反応もコロリと変わるのはよくあること。初めての施設で歌う難しさをまた知った。


 

ホーム笑顔の村・冬 /2008.11.22



 1年半ほど前に一度だけ歌わせていただいた遠方のグループホームから、再び招かれた。特に入居者の方々から、「あの人の歌をぜひもう一度聴いてみたい」という要望があったそうで、歌い手にとっては実にうれしくてありがたい話。最初の依頼も今回の依頼も、すべてネット経由のメールだったが、読んでいて思わず胸が熱くなった。
 ちょうど1週間前に年に一度の自宅コンサートを終えたばかりで、集中力の持続が大きな課題だったが、ライブの性質が全く異なるので、気持ちの調整は比較的スムーズに運んだ。

 前回のライブでは手拍子の出るニギヤカ系の歌に圧倒的な支持があったので、今回もその路線で全体を構成した。2日前に施設の担当の方から、確認メールが届く。しっかりした施設(施設の規模ではなく、体制面)では必ずこの直前確認があり、歌う側も安心できる。
 このとき同時に、「入居者と一緒に歌える曲があれば準備したい」との打診があった。選曲と構成はほぼ終わっていたので、「お富さん」「お座敷小唄」「二人は若い」の3曲を候補曲としてお伝えする。どの曲もにぎやかに手拍子で歌え、どの施設でも受けがよい定番曲である。3曲全部は無理でも、どれかひとつを全員で歌う予定で、「二人は若い」を特にお勧めしておいた。

 当日、数日前に降り積もった雪が完全には解けていず、道路状況が不安だったが、路面は乾いてして30分強で先方に到着。軽自動車に換えてから訪問ライブでのフル装備移動は初めてだが、後部トランクに全てがぴったりコンパクトに収まった。
 会場の準備が整うまで、1階ホールで少しの間ホーム長さんと歓談。複数の施設を運営している会社なので、ホーム長さんは前回とは変わっていたが、入居の方々が私のことをずっと覚えてくれていたことなど、あれこれ話す。

 予定より少し遅れ、2時5分過ぎからライブ開始。この日のプログラムは以下の通り。


「高原列車は行く」
「お富さん」
「宗谷岬」
「高校三年生」
「箱根八里の半次郎」
「北風小僧の寒太郎」
「雪」
「冬の夜」

「お座敷小唄」
「崖の上のポニョ」
「炭坑節」
「北酒場」
「二人は若い」
「ああ人生に涙あり」
「丘を越えて」
 〜アンコール
「ソーラン節」
「上を向いて歩こう」


 秋から冬へと季節が移ろう微妙な時期なので、選曲にはやや苦心したが、基本的には冬の歌を多めにした。自分が得意としている定番曲が中心だが、「崖の上のポニョ」「ああ人生に涙あり」が初披露。どちらもまずまずの手応えで、次回以降にも使えそうである。
 場は乗りに乗っていたし、私の喉も好調を維持していたので大きな反省はないが、強いてあげるなら、途中で「冬の夜」のような穏やか系の曲を、もう少し入れるべきだったかもしれない。「ずっとノリノリ手拍子」ではなく、高齢者相手には「ときどき一休み」も考慮するのが、歌い手としての務めであろう。

 予定していた15曲を40分で一気に全部歌い終えたが、盛り上がった場の空気はなかなか収まらない。とにかく、多くの歌に即興で「踊り」がつくのである。あの「ポニョ」にまで…。実に珍しいことで、施設によって場の雰囲気は実にさまざまだ。
 前回も同じことがあったので、アンコールに準備していた「ソーラン節」をとりあえず歌ったが、それでもまだ場は盛り上がったまま。もしかすると、「火に油」だったか?
 その後、いろいろリクエストなど出たが、あいにくどれも歌えず、我がレパートリーの狭さを思い知る。やむなく無難な「上を向いて歩こう」を歌い、どうにか終わらせていただいた。

 結局50分強で17曲を歌ったことになる。短めの曲を選んだせいもあるが、もしかすると新記録かもしれない。

 終わると私も含めて全員での記念写真撮影、そして入居者代表の方から花束をいただく。これまたどちらも初めての経験で、感激した。入居者のみなさんも職員のみなさんも私も、幸せな笑顔が並んでいた。
 力の入る曲が多く、少し疲れたが、心地よい疲れである。


 

ホームのどか・クリスマス会 /2008.12.20



 近隣のグループホーム主催のクリスマス会に今年も招かれた。このホームでの訪問ライブがその年の歌い納め、という図式がほぼ定着しつつある。
 マンネリ化を防ぐため、今年はクリスマスや冬の定番曲のほかに、いくつか新しい曲を準備して臨んだ。この日のプログラムは以下の通り。


「赤鼻のトナカイ」
「きよしこの夜」
「ウインター・ワンダーランド」
「白い想い出」
「お正月」
「冬の星座」
「北風小僧の寒太郎」
「崖の上のポニョ」
「星影のワルツ」
「のどか小唄」(オリジナル)


 この日の「目玉」そして「隠し球」は、3曲目の「ウインター・ワンダーランド」、そして8曲目の「崖の上のポニョ」である。
「ウインター・ワンダーランド」はクリスマスそのものを歌ってはいないが、クリスマスの定番曲としてほぼ定着している。楽しい歌なので、レパートリーに加えようとこれまで何度かトライしてきたが、いつも途中で挫折していた。完全な日本語歌詞とコード譜が得られないというのがその理由だったが、今回は教会の聖歌隊の方々も余興に参加するとの情報を事前に得ていたので、重複を避けるという意味からも、ぜひとも覚えたかった。

 苦労のすえ、歌詞もコード譜もどうにか納得できるものを入手。本番でもこの曲は大変いいノリで、手応え充分だった。あとで思ったことだが、自然な手拍子が会場からすぐに出たわけは、リズムパターンがまるで「お座敷小唄」のような馴染みやすく、ゆったりした高齢者向きのものだったからだろう。夏はさすがに歌えないが、この時期の施設訪問には絶好の歌である。

 実はこの日、会場には軽く40人を越す聴き手がひしめきあっていた。入居者は7名だが、職員、家族、教会や外部委託の職員など、さまざま。
 人数の多い場は基本的にきらいではない。しかし、普通の住宅を転用した合計16畳ほどの場で、40人はさすがに多い 。いつも歌う台所横のスペースが使えず、やむなく唯一空いていた入口付近のドア前通路付近で歌うことがその場で決まる。
 歌う場所は選ばないのが私のライブの特徴ではあるが、ライブが始まってからも職員や遅れてきた人などが忙しくドアを出入りし、歌の途中でギターネックに人がぶつかったりもした。やむなくこの日はギターを縦におこし気味にして歌ったが、厳しい体勢であった。

 いろいろあった余興の中で私はトップバッターだったが、食事がちょうど始まったばかりで、聴き手はいまひとつ歌に集中できない状況。ざわざわした落ち着かない雰囲気の中でライブは進んだが、まあこんな時もある。これくらいでメゲていては、訪問ライブなど務まらない。
 アルペジオのしっとり系の歌は、この日に限ってはいわゆる「捨て歌」で、いっそ全部をニギヤカ手拍子系の歌にしてしまえば、場はすんなり収まったかもしれない。しかし、事前に予定していたプログラムの大きな変更はあえてしなかった。
 手拍子無用のしっとり系の歌では、聴き手は食べ物飲物に集中していたから、「ライブ中の一休み」という面では、これでよかったのかもしれない。物は考えようで、このような場でずっと手拍子が要求されるような曲の連発は、むしろ慎むべきであろう。

 ライブ後半、この日二つ目の目玉である「崖の上のポニョ」を歌う順番がきた。この曲は当初、女性職員といっしょに歌う予定だったが、施設側の都合からか、その日になって入居者の一人(男性)とそれを補佐する職員3人という、予期せぬ組み合わせで歌うことになった。
 ただ、こうした場で練習もなしにいきなりギター伴奏で歌うこと自体が、かなり難しいこと。咄嗟に予定を変更し、テンポを原曲の倍くらいにゆるめ、曲の途中で「ハイ、ここから」とか、「間奏はいります」などの声をかけながら進行したが、歌声はあまり聞こえてこない。
 結局全員で斉唱のような形になったが、歌の出来不出来はさておき、「みんなで楽しく歌う」という一点では、これまたこれでよかったのだろう。この種の急造ジョイントはこれまで何度も試みたが、うまくゆくのは歌の得意な職員と一緒に歌った場合に限られている。なかなか思惑通りにはいかないものだ。

 都合で開始時間が5分遅れたが、終了は予定通り12時50分にとの施設側の希望。「ポニョ」でかなり時間をロスしたこともあって、当初予定していた「ああ人生に涙あり」と「丘を越えて」を急きょカットし、終了はピッタリ12時50分に合わせた。わずか25分で中身の濃い10曲をトントン歌ったことになる。いつもながら絶妙の時間調整で、この種のコントロールは得意なのだ。

 帰りには手作りのクッキーやら手編みのマフラーなど、たくさんのクリスマスプレゼントをいただく。マフラーは妻の分まであり、手作りのカードも添えられていた。いつもながら感心し、そして恐縮することしきり。


 

サンフラワー・新年会 /2009.1.11



 車で10分ほどの距離にあるグループホーム&デイサービス施設から、およそ1年半ぶりに招かれた。この施設からの依頼はいつも唐突。1週間前ころにいきなり「歌ってください」とくる。しかし、どういうわけか、スケジュールはいつも空いている。
 今回も同様に1週間前での突然の依頼だったが、やはりスケジュールはぽっかり空いていた。よほど縁があるのか、はたまた一般の施設では依頼しない、「イベントの隙間」をねらって計画をたてているのか?ともあれ、久しぶりの依頼だったので短期間であったが、あれこれ準備して臨んだ。

 切り口は「新年会」で、2年前にも同じ主旨のイベントで招かれている。当時のセットリストを参考に、多少の修正を加えて構成をすすめた。
 ひとつ困ったのが、最初のホーム長さんの電話で、「ライブは1時間くらいお願いします」と言われたことだった。過去にも同様の時間枠で歌ったことがあったが、40分を過ぎたあたりで入居者の何名かが体調を崩し、中途退席した記憶があった。そのことを告げ、高齢者の体力では40分くらいが程よい集中度なのでは?と提案したが、なかなか納得していただけない。
 やむなく、まずは40分歌ってみて、聴き手の体力や元気度をみてその後どうするかを決める、という方針に落ち着いた。

 歌は1時間分として22曲を用意し、15曲前後を最初の区切りとするようにプログラムを組んだ。実際にそれがどうなるかはその時になってみないと皆目分からない。なんとも難しい話だが、40分以降をある種の「アンコール」と考えることにした。

 当日着くのが少し早過ぎて、会場の準備がまだ整っていない。用具一式をまず運び込み、玄関ホールで10分ほど待った。
 予定では1時30分から始まるはずだったが、定刻を過ぎても聴き手が全員集まらない。早くから座っている方々は、いまかいまかと始まりを待っている雰囲気だったので、予定にはなかった「カントリーロード」をマイクテストをかね、軽く歌って時間をやり過ごす。
 1時35分にようやく全員が集まり、ライブは始まった。この日のプログラムは以下の通り。


「一月一日」
「ウインター・ワンダーランド」
「冬の星座」
「北風小僧の寒太郎」
「花」(瀧廉太郎)
「みかんの花咲く丘」
「ソーラン節」
「時計台の鐘」
「北国の春」
「崖の上のポニョ」
「埴生の宿」
「切手のないおくりもの」
「ここに幸あり」
「お富さん」
 〜アンコール
「真室川音頭」


「お富さん」を終えて時計を見ると、2時15分。ここまでマイクテストを除いて14曲を歌い、ぴったり40分で、いつもながら抜群の時間コントロールである。
 ホーム長さんに、「さて、どうしましょうか?」とお伺いをたてると、「玄関ホールで職員の寸劇がずっとスタンバイしていますので、そろそろ…」という話。寸劇のことは事前に聞いてなかったが、40分で終わらせたいというのは、もともと私が言い出したこと。そのつもりでプログラムも構成してあったので、すっぱり終わろうとしたら、「もう1曲だけ何かお願いします」と、再度の要望。
 ホーム長さんは聴き手に「何かリクエストはありますか?」と募っているが、なかなかまとまらない。時間がむなしく過ぎ去る気配を感じたので、咄嗟に「真室川音頭」を歌って手早く場を収めた。

 実はこのホーム長さん以外の全職員による寸劇「お正月」の存在が、ライブの進行にいつもの盛り上がりを欠く大きな要因となっていたことに気づいたのは、すべてが終わったあとのこと。
 1曲目までは確かに職員の方々が会場にいて、いつものように賑やかに手拍子その他で、場を盛り上げてくださった。ところが、直後に職員の姿が突然消えた。思い返すと、写真のようなこった衣装とメイクの準備のためだったわけで、一人残された控えめな女性ホーム長さんだけで場を盛り上げるのは至難の業。

 本来、場を盛り上げるのは歌い手の役目なのだろう。しかし、元来私は場を「泣かせる」のは得意だが、ニギヤカに盛り上げるのは、どちらかといえば苦手。それが自分のキャラクターと心得ているから、無理はしない。
 この日もいつもと違う場の気分にすぐに気づいたが、逆にこういう時には、いつもは反応の弱いシンミリ系の歌、たとえば、「冬の星座」「花」「みかんの花咲く丘」「埴生の宿」「ここに幸あり」などに、かなりの手応えを感じた。時に応じて、歌の反応も変わる。それがライブだ。
 また、「ウインター・ワンダーランド」「切手のないおくりもの」はこの会場では初披露だったが、他の会場と同様、 反応は非常によい。いわゆる「ツブシの効く曲」である。「北風小僧の寒太郎」も同じ系列の曲かもしれない。この種の曲もライブを円滑に進めるうえでは、欠かせないのだ。

「切手のないおくりもの」を歌う直前、複数の聴き手が席を立った。30分を過ぎると、どの施設でもこういうことが起きるもので、これに驚いてはいけない。
 いずれも介護の必要な方で、一人では動けず、会場全体の集中度がかなり緩んだ。そこでしばし歌うのをやめ、歌のコード進行を延々と弾きつつ、場の空気をうかがう。一瞬落ち着いた間隙をねらってMCなしで歌い始めたら、場がすっと落ち着いた。
 この日は職員さんのサポートが皆無に近かったこともあり、この技をかなり使った。介護施設に限らず、ライブで場の空気を調整するのにしばしば使うが、たいていはうまくゆく。

「高校三年生」「お座敷小唄」「丘を越えて」「二人は若い」など、延長に備えた「エース曲」を温存したままでライブはあっさり終わってしまったが、またの機会にゆだねるとしよう。
 先にもふれたが、私のライブ直後に始まった職員の寸劇は非常に楽しいものだった。充分に練られたシナリオと、「場を楽しませる意気込み」を強く感じた。見習いたい。

 実はこの劇には、私も冒頭で参加している。続きの和室で道具を片付けている途中だった私に、いきなり顔見知りの職員の方々がアドリブで演技をふってくるので、これまた咄嗟の判断で、「流れ者の歌い人」という設定で急きょ参加。ヤンヤの喝采を浴びる。
 もしかして、歌以上?まさかそれはないでしょうが、これでも昔は学芸会で何度も主役を張ったもの。このくらいなら、いつでもやれますって。