ベストライフ清田・8月誕生会 /2007.8.26
3月に訪問ライブを依頼され、直前になって仕事上のトラブルが遠因で喉に変調をきたし、お断りしてしまった有料老人ホームから、再度の出演依頼があった。これまで健康上の理由でライブを断ったことはなく、それがずっと心の隅でひっかかっていた。
どのような事情であれ、直前で先方のスケジュールを壊してしまったことに変わりはなく、二度と依頼はないものと思っていた。汚名をそそぎ、わびを入れるには絶好の機会である。今回は充分に体調を整え、構成にも工夫をこらして準備した。
依頼はホーム長さん自らだったが、以前に別の施設で聴いた私のライブが心に残り、同系列にある自分の施設でどうしても歌って欲しいと考えたという。これまた歌い手名利につきる話で、当時の記録を調べてみたら、「唱歌系の歌、叙情的な歌が受けた」とあった。
同系列の施設ならこの傾向はおそらく変わらないはずと考え、演歌系の曲、ニギヤカ手拍子系の曲は極力避け、シットリ系の曲を中心にプログラムを構成した。
くしくも前日には「ニギヤカ手拍子系」を好む施設でライブを終えたばかり。私にしては極めて珍しい2日連続のライブとなったが、いつもは入念にやる当日の自宅でのリハーサルを数曲におさえ、パワーを温存して臨んだ。
施設の場所は札幌の南東で、自宅のある札幌北部からは30キロ近くも離れている。はやめに家を出たが、夏も終りのせいか、道は空いていた。予定よりも15分はやく着いてしまい、しばし時間をつぶす。
会場の事前調査はしなかったが、コンクリート構造の建物であることはネット情報で分かっていた。これまでの経験からこの種の建物は音の反響がよく、対象が高齢者の場合は木造よりも歌いやすい。
機材のセットだけを先に済ませ、スタンバイ。この日はお誕生会で、最初の20分は施設側のイベントが進行する。リハーサルは一切できない。
「上を向いて歩こう」
「浜辺の歌」
「浜千鳥」
「憧れのハワイ航路」
「さくら」(直太朗)
「牧場の朝」
「星影のワルツ」
「ここに幸あり」
「宗谷岬」
「埴生の宿」
「瀬戸の花嫁」
「二人は若い」
プログラムは前日と重複している部分と、かなり変えた部分とが混在している。具体的には、「かもめの水兵さん」「ソーラン節」「皆の衆」を外し、「さくら」「ここに幸あり」「埴生の宿」を加えた。時間の都合で曲数も減らした。
この日は喉の調子が抜群によく、自分で驚くほどだった。一曲目を歌ってみて、声に普段とは違う響きとツヤを感じた。聴き手には少しうるさ過ぎるかもしれないと思い、いつもよりPAのボリュームを絞るほどだった。
ライブはだいたい思惑通りに運んだ。むやみに手拍子が出ず、一緒に歌う人がほとんどいないという傾向は、以前に系列の施設で歌ったときと同じで、そのあたりは折り込み済みである。問題は聴き手の眼の輝きと集中力で、それは歌っていて瞬時に分かる。
初めての会場なので、どの人がよく聴いてくれるのか、歌ってみるまでは分からなかったが、幸いなことに、10名ほどの入居者の方が熱心に聴いてくださった。(他が聴いていないということではなく、特に反応のよい方々、という意味)
「さくら」は実は捨て曲である。つまり、受けるか受けないか検討がつかず、万一受けない場合は短かめに撤収可能な曲。しかし、ちょっと試してみたい曲。そして、反応が悪い場合に備え、前後は計算できる手堅い曲で固める。
過去の記録では、以前にも「さくら」の反応はいまひとつだった。あれこれいいつつも、新しい曲に対する高齢者の反応はおしなべて弱い。この日も状況を素早く察知し、予定の半分で歌は終了。これでいいのだ。
ぴったり40分経過の3時5分でライブを終える。介護施設でのMCはいつも曲紹介程度なので、40分で12曲というのが普通のペースである。この時間の中では、けっこう多いほうかもしれない。
「バラが咲いた」「いい日旅立ち」「千の風になって」は時間の都合でカット。どの曲もいわゆる叙情系で、受けるのは分かっていたが、この日もかなり蒸し暑く、前日のこともあってこれ以上は無理である。
「期待していた通りの歌でした」と、ホーム長さんがねぎらってくれる。熱心に聴いてくれていた入居者の女性が近寄ってきて、「本当にきれいな声で、素晴らしかった」と声をかけてくださった。
予定していた数曲が歌えなかったことをホーム長さんに告げると、この日に限っては「千の風になって」を外してもらって正解だったかもしれないと言う。聞けばわずか2日前に入居者の一人が突然亡くなったそうで、聴き手としては辛い曲であった可能性が高いとのこと。組織として運営している以上、予定していた誕生会は実施せざるを得なかったようだ。
たまたまだが、この日の選曲は、そうした特種事情に沿ったものであったらしい。極度にはしゃぐでもなく、極度に悲しむでもなく、人生を静かに、そして懐かしく振り返るという意味において。
終了後、ホーム長さんに写真を撮ってもらう。余談だが、この会場は前方にある壁が全面鏡になっていて、歌っている自分の姿がモニターできるという、得難い体験をした。写真である程度の推測はついていたが、結構サマになっている。喉の調子がよかったせいもあるのだろう。
帰り際に入居者の女性二人が、ホーム長さんと一緒に出口まで見送ってくれ、声をかけてくれた。どちらも眼をキラキラさせて聴いてくださった方だ。
「『埴生の宿』が大変よかったです。お若いのにずいぶん古い歌をご存じで、驚きましたよ」
ずっと赤いハチマキ(バンダナ)を締めていたので、本当の年齢よりも若く思われた節もあるが、古い歌をいろいろ知っているのは事実。それにしても、最も受けたのはやはり唱歌であった。