訪問ライブ顛末記


琴似ロイヤル・デイサービス /2007.3.20



 季節の変わり目と日頃の無理が重なったせいか、いまひとつ体調がすぐれない。それでも自分にムチをいれ、数週間前にネット経由で訪問ライブを依頼されていたデイケアセンターにでかけた。

 実はこの日は平日である。事業が順調で身辺が穏やかであれば平日でもそう気にせずこなせた活動が、そうではなくなったいまとなっては、練習をしていてもどことなく気持ちが落着かない。今回のライブを機に、当分は平日や午前中の活動をやめる方向で、自分のサイトや各方面への告知を変更させていただいた。
 言い訳じみてしまうが、プロではないのだから、「自分の生活に無理のない範囲で」がこの種の活動の基本だろう。

 相変わらず喉の調子が悪く、直前の練習をほどほどに控え、一発勝負にかけることにした。これまたやむを得ない選択だった。
 会場に着いたら、開始時間の25分前で、ちょっと早過ぎた。ゆっくり機材をセットしたが、マイクテストを2曲やってもまだ開始10分前。すでに会場は充分に盛上がっていたので、職員の方の了解を得て、そのまま本番開始とした。

 この日のプログラムは以下の通り。


 〜マイクテスト
「宗谷岬」
「浜辺の歌」


「北国の春」
「矢切の渡し」
「花」(瀧廉太郎)
「高校三年生」
 〜童謡メドレー
「ちょうちょう」「チューリップ」「春よ来い」

「仰げば尊し」
「東京音頭」
「真室川音頭」
「花〜すべての人の心に花を」
「知床旅情」
 〜アンコール
「千の風になって」


 初めての会場、そして介護度が比較的低いデイケアセンターの方々が聴き手ということもあってか、反応は決して悪くなかった。
 プログラムそのものは、2月からやっている「春定番メニュー」で、大きな冒険はない。しかし、歌い続けるうち、かなり予定の曲を変更した。具体的には、

・「夜霧よ今夜もありがとう」をやめた。
 これは「石原裕次郎好きな方はいますか?」とMCで尋ねたとき、会場の反応が弱かったからである。以前に同様の場面で無理をして北島三郎を歌い、場を白くした苦い経験がある。「反応の弱い歌はあえて歌わない」と最近は決めている。

・「埴生の宿」「ここに幸あり」をやめた。
 これまた単なるその場の直感だが、たぶん当っていたと思う。代りに、予定にはなかった「真室川音頭」「花」(喜納昌吉)を入れた。このあたりの出し入れに何も基準はなく、強いて言うなら、長く歌ってきた中で自然に備わった「場を読む空気感」のようなものか。

「知床旅情」を歌い終え、予定の2時半で打切ろうとすると、「もっと聞きたいわねぇ」と、期せずして複数の聴き手からの反応。皮肉なもので、気が落着かず、体調の悪いときに限ってこうなる。
「氷川きよしのズンドコ節が聞きたい」とある方が懇願したが、あいにく楽譜の持ち合せがない。聞けば、熱烈なファンだという。この歌は以前にはよく歌っていたが、あまり強い反応がないので、最近は楽譜すら持参していない。虚をつかれた感じだった。

 あれこれ言い訳しつつ、反応のあった曲を歌うつもりで、持っていた楽譜のタイトルを順に読み上げていく。一時は「上を向いて歩こう」に決まりかけたが、「練習したてですが、『千の風になって』なんかもありますけど…」と何気なく言うと、「それ、ぜひ聞きたい」と複数の方から思いがけない熱い反応。職員の方々の支持もあり、それではと歌ってみることにした。
 本格的に歌うのはこの日が初めてだったが、非常に気持ちが入った。予定にはなかったフルコーラスを歌うと、数人の方が涙を流して聴いている。本当に不思議な歌である。しかし、結果としてラストのアンコールには相応しい曲となった。

 終り良ければ、すべて良し。
(初めての会場だったが、気持ちに余裕がなく、今回も写真なし)


 

ホーム笑顔の村・春 /2007.4.29



 連休2日目となる穏やかな午後、3月末にネット経由で依頼のあったグループホームでの訪問ライブに出かけた。
 最近、ネット経由でのライブ依頼が急増している。この活動を始めたばかりの頃、資料を作って近隣の施設に「営業」に回っていたのが、まるで夢のようだ。これも時代の流れだろうか。
 今回のライブは、実施までが難産だった。当初の予定が4/28であったのが、先方の都合で4/21に変更。ところが、今度はその日が私の町内会総会とぶつかってしまった。再調整のすえ、ようやく連休の序盤であるこの日に落着いた。

 ひどい風邪もようやく完治し、喉の調子は絶好調に近かった。そのせいもあって、3月からずっと続けていた「春定番メニュー」を、直前になって変えてみる気になった。
 事前の調べで、ホームには3人の男性入居者がいると分かっていた。残り5人が女性で、80%くらいが女性である一般のグループホームの構成に比べると、かなり珍しい。
 構成を直前で変えた理由がこれで、もしかすると歌の嗜好がやや違っているかもしれない、という懸念があったからだ。(この予想が当っていたことをのちに知る)

 施設の場所は遠く離れた手稲山の麓だったが、混雑を避け、海沿いの空いた道を車で飛ばす。35分で先方に着いた。
 この日のプログラムは以下の通り。


「北国の春」
「お富さん」
「花」(瀧廉太郎)
 〜童謡メドレー
「ちょうちょう」「チューリップ」「春がきた」

「高校三年生」
「さくら」(直太朗)
「おぼろ月夜」
「お座敷小唄」
「千の風になって」
「荒城の月」
「ソーラン節」
「ここに幸あり」
「花〜すべての人の心に花を」
「知床旅情」
 〜アンコール
「きよしのズンドコ節 」
「真室川音頭」


 実はこの日、予定時間を大幅に超えて歌ってしまった。「童謡メドレー」を1と数えても、合計16曲を休みなしで一気に突っ走っている。もしかすると、新記録かもしれない。
 入居者8名、職員4名の少人数だったが、出だしから大変なノリであった。何となく胸騒ぎがして、2曲目に手拍子のでやすい「お富さん」をもってきたのが当たった。

 童謡メドレーに差し掛かったあたりで、ヘルパーさんが何だか大騒ぎしている。
「Kさんが起きた!見て、笑ってるよ、一緒に歌ってるよ!」
 あとで聞いたら、普段は食事が終るとずっと眠っていて、笑顔を見せることはまずない方だとか。私もすぐに事情を察し、以降、努めて顔を見て歌うようにした。

「さくら」「おぼろ月夜」で、場が少ししんみりとした。このまま「千の風になって」では、せっかく盛上がっている場が、沈みきってしまう怖れがあった。そこで、急きょ予定にはなかった「お座敷小唄」を歌う。雰囲気としては、すべて手拍子の出るにぎやかな歌でもいいような感じだったが、何事にもメリハリは必要である。
「ソーラン節」は初披露の難しい曲。一抹の不安があったが、歌が始まると入居者の男性がネジリ鉢巻きでいきなり踊り始める。別の女性もこれに続き、ヘルパーさんは歌に合わせて網を引く動作と、大変な盛上がりよう。予定を変え、フルコーラスを歌ってしまう。

 この日、4人のヘルパーさんが場を上手に盛り上げてくれ、とても歌いやすかった。MCへのノリも抜群。私もアドリブを連発して応じた。歌そのものも含め、おそらく今年一番の出来であったと思う。場のノリに助けられ、歌い手である私がどんどんそれに乗ってゆく、いや、乗せられてゆく、そんな不思議なライブとなった。
「実にいい声だ」「声が若々しい」「CDデビュー出来るよ!」
 そんなうれしいかけ声が、曲毎にかかる。これで気分が乗らないはずがない。

 私のすぐそばにいたヘルパーさんの一人が、ライブの終ったあとでそっと打ち明けてくれた。
「実は私、若い頃にずっと『ふきのとう』(地元出身のフォークデュオ)の追っかけをやっていたんです…」
 聞けば年齢も私と同じ。いわば「フォークの同士」である。どうりでノリがいいはず。ライブというものを、ちゃんと分かってくれているのだ。

 ラストの「知床旅情」の最後の伴奏がまだ終らぬ間に、会場は「アンコール!」の嵐。この時点ですでに、予定を大幅に越えて50分が経過している。しかし、ここまでくれば乗りかかった船である。曲間のMCで話題になっていた2曲を続けて歌ってしまった。
 アンコールが2曲というのも、過去に例がないかもしれない。この日を象徴している。

 終ってみれば、あっという間の1時間が過ぎ去っていた。「お陰さまで、大成功でした」の声に送られ、ホームをあとにする。次回の話もいろいろ出たりし、実り多く、充実した訪問ライブであった。


 

ベストライフ西・7月誕生会 /2007.7.22



 去年二度歌わせていただいた札幌西区にある有料老人ホームから、再度招かれた。この施設では去年、自己評価として「最高」と「最低」の両極端のライブを経験している。いわば天国と地獄の両方を見たわけで、あとにやったほうが「地獄」であった。
 それでも呼んでいただいたことに素直に感謝し、前回の失敗は二度と繰り返すまいと、気持ちと身体の両方に気を配って本番に臨んだ。

 前回の失敗をふまえ、演奏開始時間はこちらからお願いして午後2時からにしていただいた。会場に着いてみて初めて分かったが、この日は7月の誕生会の余興ということで、最初の20分は施設側が進行し、演奏開始は2時20分だという。
 PAの設定だけは事前に済ませたが、リハーサルはもちろん、マイクテストも全く出来ない。事前に電話で充分打合わせたつもりでも、こんなことがある。しかし、ここで負のイメージを作ってはライブに影響しかねないので、呼ばれるまでの間、ロビーでゆっくりと時間をつぶした。

 ぶっつけ本番で始めたこの日のプログラムは以下の通り。


「上を向いて歩こう」
「浜辺の歌」
「浜千鳥」
「お座敷小唄」
「星影のワルツ」
「牧場の朝」
「夏の思い出」
「ソーラン節」
「瀬戸の花嫁」
「千の風になって」
「夜霧よ今夜もありがとう」
「知床旅情」


 この日は出かける前の自宅での練習のときから喉の調子が抜群によかった。いざ会場で歌い始めてもその感覚は崩れなかったが、得てしてこんなときに限ってミスをしやすいもの。前回の失敗が頭にあるので、なおさら気持ちは慎重になっていた。
 ところがその慎重さが裏目に出たか、最初の「上を向いて歩こう」でいきなり歌詞を間違えた。3番の歌詞の一部を1番で歌ってしまったが、それでも意味は充分通じる。何食わぬ顔で進めた。誰も気づかなかったかもしれない。
「浜辺の歌」「浜千鳥」の2曲で、早くも会場の空気をつかんだ。唱歌系の歌はもともと得意だが、中でもこの2曲は特に好きな曲で、歌っている私自身の気分が乗った。会場の多くの人が一緒に口ずさんでくれたのも幸いした。

 手拍子がでやすく、元気の出る歌として選曲した「お座敷小唄」と「ソーラン節」は、この会場に限れば盛り上がりはいまひとつ。この会場では以前からその傾向があったが、ある場で受ける歌が、必ずしも他の場で受けるとは限らない。場に応じた選曲の難しさか。
 反面、流行歌でも「星影のワルツ」「瀬戸の花嫁」のようなしっとりしたイメージの曲は反応がよい。聴き手の感覚としては唱歌に近いのだろうか。もし次回があるとするなら、無理に盛り上げようとせず、このラインで選曲を統一したほうがよいのかもしれない。

「牧場の朝」は過去に一度しか歌ってなく、「夏の思い出」は初披露。どちらも反応はよかった。
「牧場の朝」は私の声や歌唱法によく合っている歌だと気づいた。素晴らしいイメージが持続し、帰りの車の中でもずっと歌い続けていた。歌の舞台は福島県だというが、歌詞に「ポプラ並木」「時計台の鐘」などがあり、北海道の歌としても立派に通用する。夏の歌だと決めつけていたが、季節を問わず歌ってみようと思う。

「瀬戸の花嫁」を歌い終えてから時計を見ると、2時48分。3時ちょうどに終らせるためには、残り3曲が限度だ。しかし予定では残り4曲ある。どの曲をカットしようか一瞬迷った。新しい曲である「千の風になって」か、あるいは唱歌の「夏は来ぬ」か…。
 結局「夏は来ぬ」をカットしたが、この判断は結果的に間違っていた。あとで気づいたことだが、この日は唱歌で貫くべきで、カットすべきは「千の風になって」か「夜霧よ今夜もありがとう」だったろう。

 この日のもうひとつのミスは、「千の風になって」でのチューニング狂いである。出かける前の自宅練習でも同じ現象が起きたが、数曲歌うとなぜか5弦と6弦だけが緩む。用心してチューナーを手元に置いておいたのだが、狂っていることに気づいたのは、歌い始めてから。時間に余裕がないこともあり、5弦と6弦は努めて軽く弾くようにしたが、やや歌に集中力を欠く結果となった。
 直前に弦を交換したことが原因と思われるが、歌い終えてからすぐ調整したので、ダメージは最小限で済んだ。ライブ中にチューニングをしたのは初めての経験で、全く何が起きるか分からない。

 3時ぴったりにライブを終える。「知床旅情」は咄嗟の判断で2番を省略した。このあたりの時間調整は場数を重ねたせいか、かなり手慣れてきた。
 終了後、数人の入居者の方が近寄ってきて、声をかけてくださった。出来が悪いときにはないことで、全体としては前回の失敗を充分カバー出来たと思う。昇ったり降りたりを繰り返しながらも、少しずつ進歩している。


 

ホームのどか・夏祭り /2007.8.5



 いつも歌わせていただいている近隣のグループホームの夏祭りに招かれた。施設の経営主でもあるホーム長さんとは長いつきあいがあるが、新設まもないこのホームとして夏祭りを実施するのは、初めての試みだ。近隣の住民や入居者家族に開放し、会場もいつもの屋内ではなく、外の庭でやることをかなり早くから聞かされていた。
 聴き手の年齢層の幅が広い場で歌うのは、実は苦手である。夏祭りに代表されるイベント系のライブがその代表だが、最近は介護施設でも同様の主旨でライブが実施されることが多くなってきた。閉じられた空間ではなく、社会により広く開かれた場所にしたいという意気込みが施設側にあると、自然にそういう流れになる。試みとしては望ましい方向だと思う。

 とはいえ、自分としてはライブの構成が難しくなることは確実で、この種の依頼がくるといつも頭を悩ます。今回もいろいろと迷ったすえ、同様の活動を続けている知人の経験や妻の意見も参考にし、以下のようなプログラムを準備した。

「上を向いて歩こう」
「浜辺の歌」
「アンパンマンのマーチ」
「おさかな天国」
「牧場の朝」
「炭坑節」
「ソーラン節」
「千の風になって」
「星影のワルツ」
「函館の女」
「二人は若い」
 〜アンコール
「知床旅情」
「花〜すべての人の心に花を」
「宗谷岬」
「時計台の鐘」
「手のひらを太陽に」


 この日のライブは、聴き手の年齢層が広いという難しさ以外に、外で歌うというもうひとつの障害があった。主催がプロで、しっかりした音響設備が整っている場合は、外で歌うことにほとんど問題はない。しかし、グループホームで大掛かりな音響設備を持っている例は皆無に近く、あくまで歌う側が準備しなくてはならない。
 活動を始めた頃に使っていたMDコンポをPAとして使おうか、少し迷った。機器の数は増えるが、音量は普段使っている簡易PAよりも格段に大きい。しかし、結局普段通りのPAでいくことにした。入居者が7名で、職員や地域の人々を含めても、おそらく20名前後の聴き手であろうと読んだ。この数なら、たとえ外でも充分対応できるはずだった。

 ライブ開始は午後1時半からで、15分前くらいに先方に着く。ずっとぐずついていた空模様も何とかもちそうだった。
 歌う場所はホームの居間に附属する狭いテラスで、そこから庭に向って歌って欲しいとのこと。電源はすぐ近くにあり、テラスは庭よりも40センチほど高く、見通しも悪くない。壁を背にしているので、音の反射もよく、少なくとも聴き手にとっては悪くない場所に思えた。問題は奥行きの狭さと、テラス外側にある格子状の手摺で、どことなく牢獄の中で歌うような印象が一瞬したが、それは考え過ぎだったかもしれない。
 一番の懸念は、目測で80センチ強しかない狭い場所で譜面台やマイクをセットし、ギターを抱えて歌えるかどうかである。あまり時間もないので、ひとまず機材をセットしてみることにした。


 マイクスタンドをいつものように右やや前方に置く設定はまず無理で、できる限り右に離し、そこからブームの部分を真横にふってみると何とかおさまる。譜面台も手摺に半分載せるようにし、どうにか体裁を整えた。
 簡易PAはいつもは自分の斜め後ろに置く。こうすると、モニタースピーカーがなくとも、歌声とギターの音がある程度自分にも聞こえ、非常に都合がいいからだ。しかし、この日は屋外で、しかも庭の外には2車線の幹線道路がある。聴き手になるべく大きな音で聴いて欲しかったので、手摺にぴったりつける位置にスピーカーを置いた。

 とりあえず最初の曲を歌ってみたが、スピーカーからの自分の声が全く聞こえず、かなり不安になった。会場の一番遠い場所にいたホーム長さんに、「聴こえてますか?」尋ねると、「大丈夫、ちゃんと聴こえてます」との返事。この日はPAのない青空ライブの気持ちで歌うかと腹を決め、以降PAの設定は一切いじらずに、庭に向って思いきり歌うように心掛けた。

 肝心のライブの内容は、当初の予定からかなり変更した。小さい子供がもっといることを予想していたが、数えるとわずか3人。いつもより多かったのは30-50代の聴き手で、曲順なども急きょ変更した。全体としては前半が子供むけで、徐々に大人むけ、高齢者むけになってゆく趣向で、紅白歌合戦の構成に似せた。
 入居者の方々も、いつもと違う「お祭り気分」になっていたようで、シンミリ系よりもニギヤカ系の曲を多めにした構成がピタリ当たった。
「二人は若い」は初披露で、ラストに持ってくるにはかなりの冒険だった。しかし、ふとした思いつきで曲間のMCで、「よかったら、呼びかけに返事をしてください」とやったら、これが大受け。この曲は少なくともニギヤカ系の場では使える。

 予定の30分でぴったり終え、素早く撤収しようとしたら、場が何となく物足りないような雰囲気。いわゆるアンコールなのだが、このアンコールがあるかないか、そしてそのアンコールがお義理なのか否かは、予定のライブが終ったその瞬間の場の空気が支配している。
 私の場合、どのような動機でのアンコールにも応ずるが、一番気分が乗るのはこの日のような自然な流れでのアンコールだ。

 求められるまま2曲を歌うと、2曲目の途中で数人の方が会場に入ってきた。地域の方々だったが、ホーム長さんが少し困った顔で言う。
「実はこの方たち、菊地さんの歌を聞きにきたんです…」

 細かい経緯はうかがわなかったが、もしかすると施設側の都合で、開始時間を直前になって30分早めたことが関係していたのかもしれない。ともかく、あと数曲歌って欲しいというホーム長さんの意向。この日は休日だったが、厳しい仕事の予定が詰まっていた。しかし、ここまで請われて断る歌い手は、まずいない。
 急きょ楽譜を繰って、適当な曲を見繕う。流れから察し、最低でも3曲は歌う必要があると判断した。その中で、あまり強いクセがなく、しかも場に馴染む曲…。難しい選択だったが、咄嗟に選んだ割にはよい選曲だったと我ながら思う。

「宗谷岬」と「時計台の鐘」はしばらく歌っていない曲だったが、得意の叙情系、唱歌系の曲で、しかも北にちなんだ万人むけの曲。ぴったり場におさまった。
 本当のラストになった「手のひらを太陽に」は、多くの人が一緒に口ずさんでくれて、ちょっと意外だった。以前、あるロックバンドが夏祭りのアンコールで歌っているのを聞き、(これは使えるかも…)とひそかに練習していた曲だったが、予想よりもはるかに受けた。

 予定を大幅に越えて50分以上も歌ってしまったが、イベントの開始をにぎやかに彩る役目は充分に果たせたと思う。

 終了後、顔なじみの入居者の方が満面の笑みで近寄ってきて、「この人はウチ(ホーム)の家族のような方だ」と喜んでくれた。「ありがとうございます。ではお礼に握手を」と手を握りしめると、涙を流している。歌い続けてよかったと心から思えるのは、このような瞬間だ。

 帰り際、ホーム長さんからもたくさんの手作り野菜とクッキーをいただく。心休まる自分の居場所が、またひとつ増えた気がした。


 

サンフラワー・8月誕生会 /2007.8.25



 昨年暮れから今年始めにかけ、続けて3度の訪問ライブをしたことのあるグループホームから、およそ半年ぶりに招かれた。

「招かれて初めて歌う」→「ものすごく喜ばれる」→「続けざまに招かれる」

 ここまではよくあるパターンだが、一般論として毎月のように同じ場で歌い、同じ感動を聴き手に与え続けることはとても難しい。過去の例では、毎月5回続けて招かれ、構成に腐心しつつも何とかこなしたが、その後パッタリと呼ばれなくなった施設がある。
 歌い手の力量不足といえばそれまでだが、独りですべてをこなしている限り、毎月同じ場で同じ感動を与え続けることなど、私には到底無理である。

 続けざまの依頼があった場合、最近ではこのことを率直に相手に説明し、理解していただいている。最低でも2ケ月の間隔をあけ、できれば季節毎に歌のメニューを変えられる3ケ月に一度が望ましいと。
 今回の施設はそのまま縁が切れてしまうパターンだったが、どういうわけか再び招かれた。前回の最後が冬、今回は真夏なので、構成の難しさはない。問題は手拍子の出るニギヤカ系の歌を好むこの施設の特質に合わせた選曲をすることで、なおかつ夏にちなんだ曲であること。
 そもそも8月にこれほど訪問ライブの依頼を受けたことが過去になく、ネットで交流のある他の仲間の情報も参考にし、急きょ新しい曲をレパートリーに加えた。セットリストは以下の14 曲で、あとで調べてみたら、同じ施設で過去に歌った曲で重複していたのは、「浜千鳥」だけだった。間隔をあけると、結果としてこのような新鮮な構成も可能になる。

「上を向いて歩こう」
「浜辺の歌」
「浜千鳥」
「かもめの水兵さん」
「憧れのハワイ航路」
「ソーラン節」
「牧場の朝」
「星影のワルツ」
「千の風になって」
「皆の衆」
「バラが咲いた」
「釜山港へ帰れ」
「瀬戸の花嫁」
「二人は若い」


 この日、「久し振りなので、たくさん歌ってください」と事前にヘルパーさんから頼まれていた。施設毎にいろいろな嗜好、癖があるが、この施設ではいつも数多くの歌を望まれる。歌う側は連続1時間でもこなせるが、問題は聴き手の体力である。
 あいにくこの日は午後1時半開始で、外は30度近い残暑。クーラーのない施設で、果たしてどうなるのか不安があったが、曲の準備だけは充分にして歌い始めた。

 構成のポイントは、「夏」「海」「ニギヤカ系」の3つで、特に前半は手拍子の出やすい曲を連発した。後半はじわじわとペースを落とし、じっくり聴いてもらおうというねらいだ。
 ほぼ思い通りに運んだが、聴き手にひと休みしてもらうつもりの「浜辺の歌」「浜千鳥」「牧場の朝」では、なぜか多くの人が一緒に歌ってくれた。流行歌だが、「星影のワルツ」にも同様の手応え。この歌はどの施設でも反応がよい。実に不思議な曲である。

 やや期待外れだったのが、「千の風になって」。この日に限っては、唱歌のほうがはるかに手応えがあった。唱歌だけでコンサートを続けている安田姉妹のように、唱歌をもっと突き詰めてみようかと最近よく思う。自分の声質や歌唱法なら、唱歌一本でも充分やれそうな気がする。
「皆の衆」は予定にはなかった、いわゆる「カンフル曲」だ。以前にある施設で、「村田英雄を何か」とリクエストされたが、その時は応えられなかった。(いま落着いて考えると、「王将」なら何とかやれた)いかにも手拍子の出そうな曲なので、前日にふと閃いて準備だけはしておいたが、ほとんど練習してなく、ぶっつけ本番に近い。しかし、これが非常に受けた。
 いつでも歌える「お富さん」の選択もあったが、何事にもチャレンジは必要である。ひょんなことで、またひとつ幅が広がった。

「釜山港へ帰れ」のあたりで時間は35分を過ぎた。室温は高く、高齢者の集中力も限界だったのか、最前列で熱心に手を叩いていた男性が、歌の途中で少しぐったりした様子である。ヘルパーさんがあわてて対応していたが、歌にやや集中力を欠く結果となった。
 そこで予定していた曲をいくつかカットして終了。それでも正味50分が過ぎていて、やはり高齢者には35-40分が限度ということを、改めて実感した。よく考えると、小中学校の授業時間も35-40分前後。気力体力にややハンデのある年代では、この時間がひとつの目安のようである。

 これまでこなした訪問ライブの数も、3年弱でいつの間にか30を越えた。構成や演奏はもちろん、開始時間、実施頻度、演奏時間など、自分なりにつかんだノウハウも徐々に蓄積されつつある。


 

ベストライフ清田・8月誕生会 /2007.8.26



 3月に訪問ライブを依頼され、直前になって仕事上のトラブルが遠因で喉に変調をきたし、お断りしてしまった有料老人ホームから、再度の出演依頼があった。これまで健康上の理由でライブを断ったことはなく、それがずっと心の隅でひっかかっていた。
 どのような事情であれ、直前で先方のスケジュールを壊してしまったことに変わりはなく、二度と依頼はないものと思っていた。汚名をそそぎ、わびを入れるには絶好の機会である。今回は充分に体調を整え、構成にも工夫をこらして準備した。

 依頼はホーム長さん自らだったが、以前に別の施設で聴いた私のライブが心に残り、同系列にある自分の施設でどうしても歌って欲しいと考えたという。これまた歌い手名利につきる話で、当時の記録を調べてみたら、「唱歌系の歌、叙情的な歌が受けた」とあった。
 同系列の施設ならこの傾向はおそらく変わらないはずと考え、演歌系の曲、ニギヤカ手拍子系の曲は極力避け、シットリ系の曲を中心にプログラムを構成した。
 くしくも前日には「ニギヤカ手拍子系」を好む施設でライブを終えたばかり。私にしては極めて珍しい2日連続のライブとなったが、いつもは入念にやる当日の自宅でのリハーサルを数曲におさえ、パワーを温存して臨んだ。

 施設の場所は札幌の南東で、自宅のある札幌北部からは30キロ近くも離れている。はやめに家を出たが、夏も終りのせいか、道は空いていた。予定よりも15分はやく着いてしまい、しばし時間をつぶす。
 会場の事前調査はしなかったが、コンクリート構造の建物であることはネット情報で分かっていた。これまでの経験からこの種の建物は音の反響がよく、対象が高齢者の場合は木造よりも歌いやすい。
 機材のセットだけを先に済ませ、スタンバイ。この日はお誕生会で、最初の20分は施設側のイベントが進行する。リハーサルは一切できない。


「上を向いて歩こう」
「浜辺の歌」
「浜千鳥」
「憧れのハワイ航路」
「さくら」(直太朗)
「牧場の朝」
「星影のワルツ」
「ここに幸あり」
「宗谷岬」
「埴生の宿」
「瀬戸の花嫁」
「二人は若い」


 プログラムは前日と重複している部分と、かなり変えた部分とが混在している。具体的には、「かもめの水兵さん」「ソーラン節」「皆の衆」を外し、「さくら」「ここに幸あり」「埴生の宿」を加えた。時間の都合で曲数も減らした。
 この日は喉の調子が抜群によく、自分で驚くほどだった。一曲目を歌ってみて、声に普段とは違う響きとツヤを感じた。聴き手には少しうるさ過ぎるかもしれないと思い、いつもよりPAのボリュームを絞るほどだった。

 ライブはだいたい思惑通りに運んだ。むやみに手拍子が出ず、一緒に歌う人がほとんどいないという傾向は、以前に系列の施設で歌ったときと同じで、そのあたりは折り込み済みである。問題は聴き手の眼の輝きと集中力で、それは歌っていて瞬時に分かる。
 初めての会場なので、どの人がよく聴いてくれるのか、歌ってみるまでは分からなかったが、幸いなことに、10名ほどの入居者の方が熱心に聴いてくださった。(他が聴いていないということではなく、特に反応のよい方々、という意味)

「さくら」は実は捨て曲である。つまり、受けるか受けないか検討がつかず、万一受けない場合は短かめに撤収可能な曲。しかし、ちょっと試してみたい曲。そして、反応が悪い場合に備え、前後は計算できる手堅い曲で固める。
 過去の記録では、以前にも「さくら」の反応はいまひとつだった。あれこれいいつつも、新しい曲に対する高齢者の反応はおしなべて弱い。この日も状況を素早く察知し、予定の半分で歌は終了。これでいいのだ。

 ぴったり40分経過の3時5分でライブを終える。介護施設でのMCはいつも曲紹介程度なので、40分で12曲というのが普通のペースである。この時間の中では、けっこう多いほうかもしれない。
「バラが咲いた」「いい日旅立ち」「千の風になって」は時間の都合でカット。どの曲もいわゆる叙情系で、受けるのは分かっていたが、この日もかなり蒸し暑く、前日のこともあってこれ以上は無理である。
「期待していた通りの歌でした」と、ホーム長さんがねぎらってくれる。熱心に聴いてくれていた入居者の女性が近寄ってきて、「本当にきれいな声で、素晴らしかった」と声をかけてくださった。

 予定していた数曲が歌えなかったことをホーム長さんに告げると、この日に限っては「千の風になって」を外してもらって正解だったかもしれないと言う。聞けばわずか2日前に入居者の一人が突然亡くなったそうで、聴き手としては辛い曲であった可能性が高いとのこと。組織として運営している以上、予定していた誕生会は実施せざるを得なかったようだ。
 たまたまだが、この日の選曲は、そうした特種事情に沿ったものであったらしい。極度にはしゃぐでもなく、極度に悲しむでもなく、人生を静かに、そして懐かしく振り返るという意味において。

 終了後、ホーム長さんに写真を撮ってもらう。余談だが、この会場は前方にある壁が全面鏡になっていて、歌っている自分の姿がモニターできるという、得難い体験をした。写真である程度の推測はついていたが、結構サマになっている。喉の調子がよかったせいもあるのだろう。
 帰り際に入居者の女性二人が、ホーム長さんと一緒に出口まで見送ってくれ、声をかけてくれた。どちらも眼をキラキラさせて聴いてくださった方だ。

「『埴生の宿』が大変よかったです。お若いのにずいぶん古い歌をご存じで、驚きましたよ」

 ずっと赤いハチマキ(バンダナ)を締めていたので、本当の年齢よりも若く思われた節もあるが、古い歌をいろいろ知っているのは事実。それにしても、最も受けたのはやはり唱歌であった。