サンフラワー・10月誕生会 /2006.10.8
連休を控えた週末の昼近く、突然電話が鳴って、すわ、連休ごしの仕事かと受話器をとったら、見知らぬグループホームからだった。先月歌ったグループホームからの紹介だそうで、2日後の日曜に1時間ほど歌っていただけないかとの急な訪問ライブ依頼である。
今年はこちらから積極的に動くことは控えているが、向こうからやってくるライブ依頼は断りにくい。しかも、懇意にしている方からの紹介だ。時間がなく、気持ちの準備はあまりなかったが、すぐに受けた。場所はいつも行く近所の大規模公園の近く。昼休みに散歩をかね、会場調査に行った。
責任者の方と名刺交換をすると、なんと相手は上場会社の大手。(名刺に書いてあった)全国の従業員も1万人近い。(帰宅後にネット検索で判明)介護もいよいよ立派な産業なのかと、改めて驚かされる。
デイケアセンターも併設していて、グループホームは2ユニット。聴き手の人数はかなり多い。ライブの場所とプログラムの打合せを簡単に済ませる。
入居者の歌の嗜好を訪ねると、「北国の春」「赤い靴」「炭坑節」「荒城の月」「石原裕次郎」「細川たかし」と、いろいろ出てきた。できる限り応えようと、家に戻ってさっそく練習に励む。
全く歌ったことがなかった「炭坑節」を短期間で何とかモノにする。この手の民謡は、場を盛り上げるには絶好かもしれない。リクエストはレパートリーを増やすよい機会ととらえよう。
当日、会場に着くと、すでに宴が始まっている。ヘルパーさんの一人が音頭をとり、歌集を片手に入居者の方々が歌っている。食後の合唱タイムだろうか。機材をセットしながら聞き耳をたてると、練習した「炭坑節」や、この日歌う予定でいた唱歌なども含まれていた。
ちょっとやりにくい気が一瞬したが、自分で歌うのと弾き語りを聴くのとではまた趣きが違うだろうと、気を取り直す。
機材の準備は整ったが、会場の歌は続いていて、どうもマイクテストをする雰囲気ではない。歌う場所の後ろに和室のくぼみがあり、会場全体が横に広い。そのあたりがちょっと気になり、ぜひとも音を出して試したかった。
言い出しかねていると、かのヘルパーさんがそっと近寄ってきて、実は今日は……さんの誕生会もかねているので、「ハッピバースデーツーユー」の歌をぜひどこかで歌って欲しい、と耳もとでささやいた。
一瞬頭がパニくった。全く聞いていない話だ。どうも先方はこちらをかなりの使い手と勘違いしているようだ。何も準備なしでハイハイと弾いて歌える技術は、残念ながら持ち合わせていない。
しかし、これまた断りにくい雰囲気。やむを得ず、急きょコードをなぞっていたら、C、G7、Fで何とかいけそうな感じだ。ふと閃いて、いっそこの歌をマイクテストにしようと決めた。
「誕生祝いの歌を最初に歌います」と宣言し、弾き始めたが、あきらかにキーが低い。あわててカポをつけて調整。3カポでどうにか合った。
ジャカジャカ弾きながらさり気なくコード進行を確かめ、該当の方の名前をうかがう。適当にお祝の言葉を交え、すっと歌に移って、何とか無事に終えた。際どいアドリブだったが、喜んでいただいた。よかった。予期せぬ依頼ではあったが、結果的に冒頭のこの歌で会場の空気をつかむことが出来たようだ。
ミキサーで音を微調整し、本番に移る。ボーカルがやや大きい感じが途中でして、再調整。この日のプログラムは準備不足もあり、一ケ月前の訪問ライブを基本とした秋メニューだった。
「北国の春」
「埴生の宿」
「函館の女」
「浜千鳥」
「つぐない」
「炭坑節」
「里の秋」
〜童謡メドレー
「赤とんぼ」「紅葉」「たき火」
「お富さん」
「旅愁」
「荒城の月」
「銀座の恋の物語」
「花〜すべての人の心に花を」
〜アンコール
「知床旅情」
1曲目の「北国の春」は時期外れだが、事前の調査で人気のある曲と聞いていた。もともとこの曲は介護施設では「ハズレ」の少ない曲である。案の定、うまく入れた。以降、唱歌を多めにして随所にノリのいい曲をはさむという構成で進めた。
1曲目の「函館の女」を歌う直前、入居者の一人が突然の腹痛でうなり始めた。一瞬会場に緊張が走ったが、この種のハプニングには充分慣れている。せっかく調子に乗りかけた場の空気を壊さぬよう、ヘルパーの方が車椅子で運び出す間、「函館の女」のコードをゆっくり鳴らして音を切らさないように心掛けた。
リハの時間がなく、珍しいライブ終了後の写真
この日は喉の調子がよく、場も次第に盛上がって、今年最高とも思える出来。ほとんどの曲を会場のどなたかが一緒に口ずさんでくれ、歌う側の気分も乗った。
よい流れはどんどん相乗効果を生む。歌いながら会場の様子をうかがう余裕もでてきて、見回すと会場のどの目もいきいきと輝いている。
(これを上回るライブは、もうあり得ない)と、手応えのあるライブを終えるたびにいつも思うが、ライブの奥はそれほど浅くはないようだ。主催者や聴き手に代表される場に恵まれると、より向上したライブに巡り会うことが可能なのだと、この日つくづく思った。
「銀座の恋の物語」の2番で、ヘルパーさんの一人が突然立上がってマイク横に「乱入」してきた。本番前の合唱で音頭をとっていた方だ。それまでずっと一緒に歌って盛り上げてくれていたから、何の違和感もなく受け入れた。
しかし、背の低い方でマイクが高過ぎ、椅子に載ると今度は高過ぎる。しゃがんで歌ってようやくちょうどよくなった。会場はやんやの喝采。そのままラストの「花」になだれこむ。
ふと見ると、会場の幾人かの方が涙を流している。しかし、悲しい涙ではなく、「いついつまでも花を咲かそうよ〜」の歌詞と、この日のライブ全体の流れに呼応したうれしい涙だ。私も大いに乗って、ラストを2度繰り返し、余韻を残して歌い終えた。
介護施設では久し振りのアンコールに応え、すべてを終えると、何人もの方が近寄って声をかけてくれた。「こんなにうれしそうな顔の入居者を見たことがない」と、責任者の方からもねぎらわれる。手応えは何より、歌った私自身が最もよく感じている。
機材を撤収中、ヘルパーに支えられた10月誕生の方から、お菓子を直接プレゼントされる。今年で喜寿だそうだが、まだまだしっかりしている。受け取りながら、歌ではこらえていた熱いものがこみあげた。
実はこの日のライブは、当初「1時間ほど歌って欲しい」との要請だった。しかし、1時間もたせる自信がなく、「ひとまず30分歌わせていただき、あとは場内の反応を見て適宜延長します」と応えていたが、終ってみれば合計16曲、ほぼ1時間歌っていた。
帰宅後、久し振りに左手がつってしまった。かなり気合いが入っていたのだろう。そのまま倒れるように夕方まで仮眠。疲れたが、充実した時間だった。