ベストライフ西・5月訪問ライブ /2006.5.21
「ホームページを見ました」と、突然の訪問ライブ依頼がメールであり、勇んででかけた。場所は自宅から車で30分ほどの札幌市内。定員100人前後の施設を全国に100近く持ち、手広く介護事業を運営している組織のひとつである。
活動のセルフレポをこまめに書くなど、地道な活動を続けていると、輪は自然に広がってゆくもののようだ。依頼のルートがインターネットの検索からというのも、いかにも今風。時代は大きく流れ、動いている。
ライブの打ち合せはすべてメールで済ませていて、会場の下調査には行っていない。いわばぶっつけ本番だった。多少の不安があったので、約束時刻の午後2時よりもかなり早めに家を出た。1時半に先方に着くと、なぜか担当のMさんが玄関口でにこやかに出迎えてくれる。どうやらサイトに掲載の数々の写真で、すでに私の顔を知っていたようだ。
そのMさん、かなり若い。セッティングの途中に何となく年齢の話になったが、なんと息子と同じ年(20代後半)とのこと。聞けばMさん自身もフォークの弾き語りを趣味でやっているそうで、声をかけてくださった理由を、なるほどと理解する。
会場となる食堂はかなり広い。定員が79名だそうで、全員が座れる分の椅子が準備してある。会場があまりに広いので、持参のPAの出力(合計で6W)が気になった。これまで最大でも30名までしか試したことがない。すぐに音のテストをする必要があった。
コード類を素早くつなぐと、音は問題なく出た。PAをヤマハのVA-10に変えてから、セッティングが抜群に早くなった。前回から電池もサンヨーのエネループという強力な充電式タイプに変更し、演奏途中での電池切れの不安がなくなった。機材に不安があるとすれば、スピーカーのパワーだけだった。
スピーカーはいつもは荷物を入れる段ボール箱を縦にしてその上に置くが、今回は用意してあった少し高めの机の上に置く。位置はより高いほうが音は遠くに届く。場所はモニターを兼ねるよう、歌う位置よりわずかに後ろにする。これはいつものこと。
まずは「おぼろ月夜」を歌う。Mさんに会場のあちこちに立ってもらい、音の聴こえ方をチェック。コンクリートの建物のせいか、広い割には反響がよく、何も問題がない。一発でOKである。初めての会場なので、Mさんに写真を何枚か写してもらう。
開演までにはまだ15分あったが、すでに準備は整った。Mさんはライブの案内を場内放送したり、各階を回って声をかけたりしているようだ。やることが何もないので、人集めもかね、何となく歌ってしまう。下調査もしていない会場だったので、いきなり本番に臨むより、マイクテストを口実に、ある程度歌っておきたいという本音もあった。
本番で歌う予定の歌は避け、楽譜集から何曲か見繕った。そうするうち、通りすがりの人たちがだんだん集まってきだした。
「本番は2時からです。まだ練習です」などと声をかけるが、1曲ごとに盛大な拍手が起こり、熱心な人はすぐ近くの席に陣取ってじっと聴きいってくれるしで、すでに本番状態。やめにくい雰囲気になってしまった。
やむなく(本心では喜んで…)目に止った曲を次々と歌う。あれやこれやで、本番前に5曲もフルコーラスで歌ってしまう。おいおい、こんなに歌って大丈夫なのか?
2時5分前に、会場はかなりの人で埋まった。「日本野鳥の会」になった気で、開演前に素早く目で数えてみたら、入居者だけでおよそ50名(希望者のみ)、ヘルパーさんなどの職員の方々がおよそ10名で、合計60名前後という、訪問ライブとしてはかってないほどの聴き手の前でライブは始まった。
この日のプログラムは以下の通り。
〜マイクテスト
「おぼろ月夜」
「雨が空から降れば」
「花〜すべての人の心に花を」
「釜山港へ帰れ」
「時計台の鐘」
「北国の春」
「浜辺の歌」
「宗谷岬」
「ここに幸あり」
「さくら」(直太朗)
「夜霧よ今夜もありがとう」
「真室川音頭」
「お富さん」
「花」(瀧廉太郎)
「待っている女」
「瀬戸の花嫁」
「高校三年生」
「川の流れのように」
〜アンコール
「知床旅情」
マイクテストだったが、初披露の「釜山港へ帰れ」はいい手応えだった。本番でいきなり歌うのは冒険のような気がし、ここで歌ってみたが、本番でも十二分に通用する歌だ。
最初の4曲までは、マイクテストでの勢いをそのまま引張って、抜群の出来映えだった。「ここに幸あり」では、間奏ごとにさざ波のような拍手が会場のあちこちから響いてくるほどで、初めての経験に身が震えた。
ペースがちょっと狂い始めたのは、「さくら」「夜霧よ今夜もありがとう」あたりか。この理由ははっきりしないが、それまでの曲に比べ、なじみの薄い歌であったことがまず考えられる。
ほとんど本番のようだったマイクテストから数え、30分以上も経過したことによる聴き手の疲れもあったかもしれない。そして、この日の私自身の体調にも問題があった。
実は数日前から気管支の具合が悪く、明け方にひどく咳き込む状態が続いていた。薬などで懸命に調整はしたが、絶好調には程遠い状態。体調も顧みずにマイクテストで調子に乗り過ぎたこともあって、ちょうど喉に疲れが出始める時期でもあったようだ。
危険を察知し、Mさんが用意してくださった冷たい水を飲み、MCを少し長めに入れて一息つく。同時に予定よりも早めに、手拍子の出やすい「真室川音頭」「お富さん」の2曲を続けてここにもってきた。
いつもならこれで事態は収拾にむかうはずだった。ところが、会場からの手拍子が思ったほどではない。(おかしい…)と心で思いつつ、ともかく歌い終える。
(歌の内容が場に合わないのではないだろうか?)
だんだんそんな不安な気持ちになってきた。このホームは小規模のグループホームとは料金体系や支援システムがかなり違っている。入居の方々の嗜好も、これまでとは違っていてもおかしくはない。
そこで飛ばす(歌わない)予定でいた瀧廉太郎の「花」を急きょ復活させた。ここまで歌ったなかで、演歌色の強い庶民的な歌より、唱歌系の歌、叙情的な歌のほうが聴き手の反応がいいような感触がしていたからである。
「花」はいつもアルペジオでしっとり歌うので、自分の声を確かめやすい。音程やボリュームを再度チェックしながら歌う。会場からの反応もここでかなり復活した気がした。あとは一気にラストになだれこむだけだ。
ラスト4曲。水を飲み飲み喉をなだめ、突っ走る。ここでの選曲ミスは「待っている女」だっただろうか。前述のことが薄々分かってはいたが、つい歌ってしまった。マイクテストであまりに歌い過ぎ、代替曲がなくなってしまったツケである。
ものすごく受けたのが、「瀬戸の花嫁」。ネットでの歌仲間のIさんからの情報で急きょ入れた歌で、1日しか練習してなかったが、唱歌風の曲調であったことが幸いした。何より、この歌は私の声と歌唱法によく合っている。
予定ぴったりの2時45分にライブを終え、片づけを始めようとすると、なぜか「アンコール」の大拍手。このところ、訪問ライブでのアンコールからは遠ざかっている。介護施設では時間スケジュールがはっきり決まっていて、たとえ5分でも時間がずれることは許されないからである。
「時間は大丈夫なのですか?」とMさんに問うと、OKですとの返事。それではとケーブルを元に戻し、「知床旅情」を歌う。何となく胸騒ぎがし、マイクテストで歌わずに残しておいたのが幸いした。
最初から聴いてくださった方は、休憩なしで1時間以上。さぞかしお疲れだっただろう。しかし、自分の体調は別にし、歌に対して会場から返ってくる反応はとてもよかった。
機材をまとめたあと、出口へは会場を横切って行かなくてはならなかったが、私が姿を消すまで、ずっと拍手で送ってくださった。いつになく気持ちよく歌わせていただいた。ありがたいことである。
自宅に戻ったら、はやくもメールでの礼状がMさんから届いていた。
「入居者もとても喜んでいました。またぜひおいでください」「菊地さんの別のライブもいつか聴かせてください」とある。同じ音楽仲間として、興味を持ってくださったようだ。
会場での帰り際に、「次回は私のリードギター伴奏で、ぜひ何曲かやらせてください」とも言われている。もし実現すれば、新しい展開となるのは確実である。楽しみがまたひとつ増えた。