ホームからまつ・クリスマス訪問ライブ /2005.12.23
次第に定期演奏者と化しつつある近隣のグループホームで、今年最後のライブとなるクリスマスライブがあった。前回の敬老ライブを終えた直後にホーム長さんから依頼されていたものだったが、開始時間がいつもより2時間も早い昼の12時。なぜだろうといぶかっていたら、「昼食会もかねていますので、そのおつもりで」と、直前に連絡がきた。
10分前にうかがうと、会場はちょっとしたパーティのようにテーブルが配置され、入居者の方を囲むように家族の方々がすでに座っている。テーブルの上には色とりどりのオードブルやケーキが並び、座っている皆様のお顔もどこか晴れやか。よく見ると身につけた服もよそ行きだ。
どうやらこの日は完全なる「ハレ」の日だったようで、クリスマスにぶつけた家族パーティがまずあり、その余興として訪問ライブでときどき歌わせてもらっている私が呼ばれたらしいのだ。
いつもとは微妙に違う自分の立場を察知し、わきまえることは大切だった。たとえるなら、「社内旅行の宴会で、余興に呼ばれた芸人」そんな立場だったかもしれない。

ホーム長さんの挨拶がまずあったが、話の中でこのパーティが家族と入居者を交えた年に一度だけの貴重な機会であることを知る。
「私たちは一生懸命つくしますが、どんなにがんばっても家族の皆様を越えることはできません。ご多忙でしょうが、できるだけ時間を割いて会いにきてあげてください」
そんなホーム長さんの言葉に、この種の仕事の厳しさ、難しさを垣間見た。
ライブが始まるまでのわずかな合間に、先月自宅でやった「夕映えコンサート」にいらしてくださった5人のヘルパーの方々から、かわるがわる話しかけられた。
「素晴らしいコンサートでした」「心が洗われた」「ぜひまた呼んでください」などの好意的な感想ばかりだったが、なかでもある方が言った、「私たちにはコンサートに行きたくても時間がない。菊地さんのようにすぐ近くで素敵な場を作ってくれるのは、とてもありがたい」との言葉は、深く心に染みた。自分のやろうとしている「自宅を拠点に大人の遊び場を作る」という試みは間違っていないのだと、少し自信を持った。
社会的な意味での「介護」は、まだまだ黎明期だと思うが、今後は入居者ばかりでなく、プロであるヘルパーの方々の心のケアをどうするかが、大きな社会問題になってゆく気がしてならない。

歌に差し支えるので食事は少しだけにし、12時40分から開始と言われていたライブの準備を始めた。今回のPAはいつものMDコンポではなく、先日中古で入手したばかりの小さなアンプ付スピーカー(YAMAHA VA-10)である。電池式だが、連続30時間もつので、電池切れはあまり気にしなくていい。(いちおう予備電池は持参した)
電源接続の煩わしさを回避するため、今回はミキサーも電池で駆動させることにした。こちらも60時間もつが、電池を新品に入れ替えて備えた。
いつもより荷物が二つも少なくなり、一人ですべての荷物を一度に運べる。搬入も楽だし、セッティングも5分弱で終了。唯一の欠点は音源の録音機能がないことだった。
しかし、訪問ライブもかなりの回数を重ね、すでに音源を保存する大きな意味も薄れている。記録にこだわる気も最近はあまりなくなってきた。録音はしょせん録音で、一番大事なのはナマの臨場感そのもののような気がするのだ。どんなに録音がよくても、ナマで聴いた気分に追いつくことは出来ない。
(今日はいい感じで歌えた…)(今日はいい手応えだった…)
そんな自分の感覚が一番大切なような気がいましている。
同じ意味で、今回はデジカメでの撮影も全く準備しなかった。身軽な装備で身軽にライブに行くという、いわばマネージャー役としての妻に依存しない形への模索で、来年以降の「自立したライブ活動」にむけた新しい試みの場でもあった。

パーティはすでに始まっているので、今回はマイクテストもなしでいきなり歌い始めた。この日のセットリストは以下の通り。
「赤鼻のトナカイ」
「かあさんの歌」
「雪の降る街を」
「冬の星座」
「雪」
「冬の夜」
「ペチカ」
「帰ろかな」
「きよしこの夜」
「白い想い出」
「銀色の道」
「ジングルベル 」

10日前にひいた風邪も完治し、事前に自宅で入念な練習を重ねたかいあって、声はよく伸びた。ライブで初めて使ったアンプ付スピーカーには、簡単なエフェクト装置がついている。自宅での練習では軽いディレイ(エコーに近い効果)をかけて使っていた。本番でもこのままやるつもりでいたが、当日になって突然気が変わった。高齢者相手に特別に造られた音は不要のような気がしてきたからである。
もともと極端な音響効果は好きではなく、自分の声質には室内の造り出す自然な残響効果が最も相応しいのではないかと、かねてから思っていた。内蔵されていた効果が、ややピリピリした印象だったこともある。専用機材であれば、もっと自然な音を造りだせるのかもしれない。だが、この日は単純にマイクで音を拾い、単純に増幅した素に近い音で勝負しようと決意した。
(その後、同じ装置でイメージに近い効果を出せることを発見。次回のライブでは使うかもしれない)
正味30分のなかで、12曲も歌うのはかなり無謀な計画だった。唱歌系の短い歌が多いとはいえ、1曲あたりの割り当てはわずか3分弱。MCはあまり入れず、メドレーのような形で突っ走る予定でいた。
テンポのいい「赤鼻のトナカイ」を最初にもってきたのは、パーティをクリスマスらしくぱっと盛り上げる趣向で、会場全体が手拍子に包まれ、その思惑通りに運んだ。
2曲目の前に、「皆様懇談しながら聴いてください」とあえて話した。家族を交えたライブであることは事前に聞いていたので、懇談の中でのBGMのような歌でよいだろうと考えたのだ。事実、歌の途中でも話声や食事の音は途絶えなかったが、曲が進むにつれ次第に会場が静まり返ってきて、なぜか普段のライブとあまり変わらない雰囲気になっていった。

プログラムはすべて初披露の歌でそろえた。同じ場で同じ相手に年に5度も歌うとなれば、どんなに優れた歌い手でも飽きられてくるのは明らかだ。それを避けるには選曲や構成に工夫をこらし、歌うたびに新鮮な気持ちで聴いてもらうよう努めるしかない。
幸いに季節は冬でしかもクリスマス。選曲には事欠かなかった。クリスマスの定番曲を3曲用意し、最初と最後は手拍子の出るにぎやかな曲、中程にしっとりした曲を挟んでメリハリをつけようと考えた。
2〜3曲歌い終ったとき、ヘルパーの方が舞台に近寄ってきて、「菊地さん、『きよしこの夜』は歌う予定に入ってますか?」と聞いてきた。真ん中過ぎに歌う予定ですがと応えると、一緒に歌いたいという方がいますので、ぜひお願いしたいのですが、という。ライブを盛り上げるのにゲストは大変効果的であることは経験的に分かっていたので、一も二もなくお引き受けした。
曲順がやってきて舞台に上がってきたのは、私と同年代のご家族の女性。リハを全くやってなかったので、キーがちょっと心配になった。この歌は「眠りたもう〜」の部分がかなり高い。キーがCなので、咄嗟の転調も難しかった。舞台上でそこだけ軽く弾いて音を合わせてみたら、きちんと出る。かなりの経験者のようだった。
「アルペジオ4回で入ってください」と告げ、ギターを弾き始めた。最初の一小節だけ一緒に歌ったが、すぐに止めた。私が歌う必要がないほど声量が豊かで、音程も安定しているのだ。そのまま最後までソロで歌っていただいた。
この歌で場の雰囲気はいっそう盛上り、「家族を交えたホームパーティ」という位置づけがより鮮明になった。以前に市内の養護学校で教頭先生と3曲一緒に歌って好評を博したときのことを思い出した。今回は予告なしの突然の話だったが、上手に場をさばいたと思う。

どの曲もおおむね好評だったが、「雪」「帰ろかな」「銀色の道」が練習よりもはるかに出来がよく、その分会場の反応も良かった。場に応じた選曲は実に難しいが、ピタリはまるとこれほどうれしいものはない。
予定通り30分ジャストで終了。この後も入居者の方々や職員、家族の方々の余興の予定が詰まっていたので、アンコールはない。この日は日没前までにどうしても進行中の現場に行く必要があり、ぎりぎりの時間まで宴におつきあいしたが、最後まで見届けることは結局できなかった。
事情を話して失礼しようとしたら、出口でホーム長さんがリボンのついた包みを差し出す。
「菊地さんにもクリスマスプレゼントです。来年もまた歌いに来てくださいね」
帰ってから包みを開くと、手焼きのクッキーと、赤と青の高級バンダナが2本入っていた。バンダナはいまや私の大切なトレードマークだ。来年からのライブにすぐに使える。実によく考えられた贈り物で、思わず胸が熱くなった。
外は真冬日だったが、心のこもった暖かな集いだった。
