ソノシートと電蓄  /'96.11



 もしかすると今回は、タイトルを見ただけで思わず涙を流した方がいるかもしれません。「なんのことだ?」と思われた「ヤング」(^_^;なあなたも、ぜひ読んでくださいませ。

 押入の奥に30年以上、どうしても捨てられないものがあります。え?写真?日記?別れた彼女の手紙?いえいえ(そんな物もあるにはありますが…(^_^;)実はそれが今回のテーマでもあるソノシートなんです。

 MDやCDなど影も形もない遠い昔のこと。当時全盛を誇っていたあのレコードさえ、シングル盤が500円もした時代です。(たぶん今の3000円くらい)そんな時代に一世を風靡したのが、簡易お手軽レコードともいえる、塩化ビニール製のレコード「ソノシート」だったのです。
 実は私は幼いころから結構な音楽狂で、そういった物には人一倍つよい関心がありました。トランジスタラジオがようやく出始めた頃で、(このネタについては、また後日詳しく)好きな曲をいつでも自由に聞ける環境ではなく、金のない者にとっては、この安価なソノシートとそれを再生する電蓄は貴重な媒体だったのです。

 このイラストを見てください。乗っている派手な色の円盤がソノシートで下がそれを再生するための電蓄ってやつです。私が13歳のとき、お年玉をはたいて3500円で買ったのがこれ。定価は確か7000円くらいでビクター製でした。丸いターンテーブルの上にレコードをのせて針を落とすと、全面のスピーカーから音が出る。もちろんモノラル再生だったけど、音はなかなか良かった。
 おしゃれに「ポータブルレコードプレーヤー」などと呼ぶ人もいたけど、まだまだ「電蓄」と呼んだほうが通りは良かった。蓋をパチンとしめると、簡単に持ち運びが出来る。買った当初は得意になって友達の家をあちこち見せびらかして歩いたもんです。

 ところがここで問題です。肝心のかけるレコードがほとんどない。買う金ももちろんありません。そこでソノシートの登場です。当時、数少ない若者向けの雑誌には、必ずといっていいほどあやしげな「ソノシート通信販売」の広告が載っていた。当時全盛のプレスリーやらニールセダカやらの曲が、ずらりリストに並んでいる。相場は4枚で200円。送料込みだったと思う。シングル1枚500円の時代に、いかに安い物だったかがお分かりでしょう。

 で、私はすぐにそれを申し込んだかと言えば、実は相当迷った。どうもその広告がうさんクサイ感じがしたのです。ペラペラのビニール製レコードで、最新の曲が手に入るとはいくらなんでも虫が良すぎる。
 しかし、一曲50円の魅力には勝てず、結局私は申し込んだ。どんな曲だった全部は思い出せないけど、「電話でキッス」と「運命」の2曲はよく覚えている。前者は誰かの歌ってたポピュラーソングで、後者は言わずとしれたベートーベンの曲だ。なぜここでベートーベンなのかが自分でもよく分からない。たぶんそのころ、クラシックにも興味があったのでしょう。

 送られてきたソノシートは、赤やら緑やら青やらの原色の色がついていた。確かにビニールのペラペラだが、ちゃんとレコードと同じ溝もある。私は震える手で針を落とした。 (ちなみに、電蓄についていた針は、当時高級ステレオについていたダイアモンド針ではなく、ただのサファイア針)
 確かに音は出た。だが、肝心のボーカルがついていない。演奏もいつもラジオで聞くのとは違って安っぽい。どこかのキャバレーのバンドみたいなのだ。そのときになって私は悟った。やっぱり50円は50円なのだ。本物であるはずがない…。

 といいつつも、私はそのソノシートを何度も聞いた。安っぽいアレンジの演奏がペラペラのソノシートにどこか良く似合っていて、ラジオで聞く本物とは違うある種の郷愁というか、独特の味わいがあったからです。とにかく音に飢えていた時代でした。
 で、手元にあるソノシートがそのときのものかといえば、残念ながら違うのです。いま残っているのは、15歳のときの東京オリンピック記念に作られた「カルピス・オリンピックハイライトソノシート」というもの。実際の放送に使われたもので、内容は本格的です。5枚組みで色はオリンピックの輪と同じ5色。


 実はこれは非売品で、カルピスの王冠を送って抽選で苦労して手に入れたとても貴重なもの。保存状態も良好で、ひょっとすると「なんでも鑑定団」でいい値段がつくかしらん?
 そのころ、TVドラマのテーマソングとかCMソングとかのソノシートを抽選でプレゼント、などというキャンペーンが大流行だった。確か当時大人気の「七人の刑事」のテーマソング葉書ソノシートも貰った記憶がある。先着10万名とかで、とにかく出せば当たるという大サービスだった。
 なんと、これは出演者の写真に透明のソノシートを張り付け、葉書の大きさに切り取って切手を張り付けて当選者に送る、という画期的なもの。葉書の真ん中にはもちろん電蓄用の穴が開いている。いまのTVドラマでこんな企画が成立するだろうか?あまり豊かではなかったあの時代だったからこそ、出来たのではないかと思う。

 もう一度これらのソノシートの懐かしき音を聞いてみたいとも思うのですが、手元にあるレコードプレーヤーの説明書には「ソノシートは絶対にかけないで!」とある。もしかするとダイアモンド針では固すぎて、ソノシートに穴が開いてしまうのかな?ううむ、やはりサファイア針の「電蓄」がなければ…。
 それではまた次回に。