OPEN..LIVE..ROOM
2008秋・夕映えフォークコンサート
"愛しき日々" /2008.11.15
秋から冬へと季節があわあわと移ろう時期が今年もまたやってきて、それすなわち、弾き語り活動の重要な節目となりつつある、自宅コンサートの時期到来でもあった。今年は5月に父が亡くなり、世間一般でいう、「服喪中」ということになる。派手な行動は慎むのが一般的な価値観だが、父の死を機にいろいろ調べてみると、父母が信奉していた浄土真宗には、そもそも「忌」とか「服喪」という概念そのものがないらしい。
「私の神はnature(自然)です」と人から信ずる宗教を問われたら答えることにしているが、古い概念にしばられない浄土真宗は、決して嫌いではない。あれこれ考え、フライヤーや案内ハガキ等も一切作らず、ごく内輪の形式で、今年も自宅コンサートをやることにした。まず声をかけたのは、去年から参加の学生時代の友人夫婦。卒論で同じカマの飯を喰った仲で、一時期連絡が途絶えたが、脱サラして札幌に戻ってからは、いつの間にか交友が復活した。夫婦でこのブログを読んでくれている。去年のライブでは奥様が涙を流して聴いてくださった。ちょっと離れているので、なかなか会えない。年に一度の旧交を暖めるいい機会でもあった。
そのほか、妻の職場の友人が二人。Sさんは去年からの参加だが、Nさんは今回で5度目となる自宅コンサートの唯一の「完全参加者」である。聴き手は私たち夫婦を除けば、4名ということになった。毎回決めるコンサートテーマは、今回は候補曲の選定をしながら煮詰めるという手法をとった。今年は父の死に伴う諸事雑事の処理に追われ、新しいオリジナル曲が極めて少ない。過去のストックでやり繰りすることは可能だったが、少人数ということもあり、カバー曲を中心に歌うことにした。
たまたま歌詞譜を整理することになり、その作業の中で単純に「自分が歌いたい曲」という切り口で候補曲を絞り込んでみたら、ちょうど30曲になった。そこからさらに候補を絞り、最終的には22曲に落ち着いた。1時間半という制限の中ではちょっと多めだが、去年はアンコールを含めて20曲を歌っている。時間をうまくやり繰りすれば、歌えないことはない。あとは曲の分類と順番決めをすればいい。今回の参加者の中で、私を含めてごく最近、親の「死」に遭遇した人が3人もいる。そこで前半のテーマは迷わず「生きる」にした。「死」をただ嘆き悲しむでなく、そこからいま生きている私たちがいかに生き続けるか?が大事だと考えた。
曲もある程度はそれに沿った内容で選んでいたので、ほぼテーマに合った9曲を選び、順序だてた流れも作って第1部とした。第2部となる曲を眺めてみると、明らかに「愛」が共通するテーマだ。そこで後半のサブテーマを「愛する」とし、9曲を選択。全体を通したテーマを日々描き綴っているブログと同じ「愛しき日々」と決めた。第1〜2部からもれた4曲を、さてどうしようかと思ったが、去年のライブでの「いつまでも終わらないアンコール」のことがふと頭をかすめた。いっそこの4曲をすべてアンコール候補とし、「エクストラ(おまけ)ステージ」として歌ってしまおうかと考えた。つまりは要求される前に自ら率先して歌う「セルフ・アンコール」というわけだ。
ライブやコンサートでのアンコールはもはや当たり前の儀式のようになっていて、ならば儀礼的なアンコールではなく、最初からプログラムの一部として取り込んでしまおうという、ある種図々しい考えである。普通のライブならばヒンシュクものかもしれないが、すべてを自分で取り仕切る自宅コンサートならではのワガママである。実施日は今年も11月第3土曜日。「内輪のプチ・コン」などといっても、いざやるとなると根が生真面目な夫婦とあって、準備には力が入る。PAやライトの設営はもちろん、家中の大掃除、酒や料理の準備など、あれこれと奔走した。
調べてみたら、開始時間はその回によってまちまち。基本的には夕方だが、第1回から順に「16時半」「16時半」「17時半」「17時」となっている。終了後の茶話会の時間に余裕をとるため、今回は早めの「16時半開始」と決めた。
参加者が少ないせいもあり、当日の16時20分には全員が集合。開始を5分早めて、4時25分スタートとした。
サブテーマ「生きる」の前半セットリストは以下の通り。
「雨が空から降れば」
「森の記憶」(オリジナル)
「廃墟の鳩」
「涙そうそう」
「星の肌」
「ぐるり」(オリジナル)
「白い想い出」
「冬のロボット」
「愛しき日々」(オリジナル作詞)
前半はカバー曲中心で、オリジナルは要所に3曲のみという構成。「廃墟の鳩」は歌詞譜の整理でふと目についた曲で、そもそもライブでGSを歌うこと自体が稀。しかし、「生きること」を真正面からとらえた、GSらしくない曲でもある。
「涙そうそう」は学友の奥様、Tさんからかなり以前にリクエストをいただいていた。自宅コンサートはあくまでオリジナル中心の構成なのだが、歌うとすれば、「死者への追悼」という意味が深い今回しかない。
余程の思い入れがあるのか、去年に引き続き、今回も涙を流して聴いてくださった。終了後の茶話会でそっと打ち明けられたが、最近お父さんを亡くされたNさんが、「星の肌」でやはり泣けたそうである。当初の予定では、4分を軽く超えるオリジナル曲「ぐるり」は、3番をカットして短く歌うつもりでいた。しかし、余分なMCを極力省き、開始を5分早めたせいもあってか、時間には充分な余裕がある。そこで直前になって気が変わり、フルコーラスを歌った。4分を超える曲はどんな名曲であっても場が冗漫になりかねず、いわゆる「危険水域」なのだが、前半の中程なのでうまく収まった。
「冬のロボット」は妻が好きな曲で、人前で歌うのは初めてだったが、自信を持って歌ったはずだった。しかし、終了後の茶話会では、「難解すぎる」という辛い評価。特に聴き手の幅が狭い(数が少ない)場合、初披露の曲は冒険であることを知った。妻は喜んでくれたのが救いであったが。予定よりやや早く、5時5分に前半を終える。正味40分だから、予定通りといえば予定通り。このあたりの調整は結構うまい。
この日は気持ちにかなりの余裕があって、去年のようなライトのつけ忘れ、スニーカーのはき忘れ、3年前のような録音ボタンの押し忘れなどは皆無。しかし、相変わらず出だし数曲のノリが悪い。今回、ライブ前日にふと思いつき、初めてモニタスピーカーをつないでみた。スピーカーは通常聴き手にむけて配置されているが、これを歌い手側に向けてもう1個置くのがモニタスピーカーで、ちょっとしたライブ会場なら、たいていは配置されている。
今回使ったのは使っていないパソコン専用のスピーカー。エフェクターの出力端子につないだので、ステレオではないが、ほぼ聴き手と同じ音を歌いながらチェックできる。
写真のように床から1メートル程の位置でスタンドに取付けたので、出力2.5Wの小型だが、床に置く本格タイプに比べても音に遜色はない。おかげで声の出し加減が自在にコントロールでき、非常に歌いやすかったのだが、欠点も普段より鮮明に分かってしまうという皮肉に遭遇した。今回思い知ったのは、気持ちが場になじむ前の低音域の不安定さ。高音域はあまり問題ないが、低音域の音程をバランスよく出すのは、特に緊張が解けない状況では、非常に難しい。その欠点をはっきり悟っただけでも収穫とは言えるが。
5分の休憩を経て、後半を始めた。サブテーマ「愛する」の第2部セットリストは以下の通りである。
「河のほとりに」
「向い風」(オリジナル)
「帰 郷」
「Too far way」
「恋は桃色」
「独り」(オリジナル/作詞:まりりん)
「切ない夕暮れ」(オリジナル)
「初恋の来た道」(オリジナル)
「夕凪わるつ」(オリジナル作詞)
〜エクストラ・ステージ
「星影の小径」
「結婚したんです」(オリジナル)
「真夜中のギター」
「あなたにメロディ」(オリジナル)
いつもの悪いクセで、歌は尻上がりに調子が良くなった。厳しい聴き手の妻も同意見。出だしから一気に気持ちを乗せてゆく技は、いまだに会得していない。事前のリハーサルは毎回充分過ぎるほどだから、そのせいではない。「22曲の長丁場」という意識が心のどこかにあるせいかもしれない。ずっと調子が出ないよりはマシだが、これまた今後の課題である。
これまで問題のあったマイクの使い方は、モニタスピーカーのおかげもあって、かなり修正された気がする。口とマイクの距離をあまり変えず、呼吸のコントロールだけで声量をある程度調節できるようになったし、いわゆる「ブロー音」を回避する技もけっこううまくなった。前半の選曲がやや重過ぎ、場が少し沈んだ感じになったこともあり、後半は意識してMCを多めにした。ラスト4曲はすべてオリジナルにし、「自宅はオリジナル中心で」という基本路線の帳尻を合わせた格好。
今年作ったオリジナルで唯一歌った「独り」は、終了後の茶話会でちょっとした話題になった。やはり詩のインパクトが強く、しかも分かりやすいと聴き手の心には響く。カバー曲では、「Too far way」の評価が高かった。心に染みる曲であることはもちろんだが、多くの人がカバーしていて、聞き慣れているせいもあるのだろう。第2部を終え、時計を見ると5時40分過ぎ。ほぼ予定通りだが、去年に比べると今年はなぜか喉の調子が抜群によく、まだまだ歌える感じがした。コードをおさえる左手の握力にも、充分余裕がある。それ以降は先に書いた「オマケのセルフ・アンコール」で、楽しく歌って締めくくるつもりだった。
「星影の小径」は茶話会でもかなりの話題になった。これまでになく気持ちよく歌えたこともあるが、何かのCMで使われていたのも大きい。ちあきなおみがカバーしていることを知っている人もいた。なるほど、カバー曲を選ぶコツは、このあたりか。
「結婚したんです」は実に34年ぶりに人前で歌ったが、私たち夫婦が結婚式で二人で歌った懐かしい曲である。「新郎新婦が結婚式でオリジナルを一緒に歌う」というシチュエーションの勝利ではあるが、我ながらなかなかいい曲を作ったものだと思う。
残念ながら、今回は妻の歌はナシ。来年の「還暦自宅コンサート」に期待する声が、会場から多数アリ。しかし、いまさら無理強いはしません。「真夜中のギター」「あなたにメロディ」は、会場でNさんが一緒に歌ってくれていたらしい。「あなたにメロディ」はNさんと一緒に作った曲だから当然としても、「真夜中のギター」はラストのハモリの部分を参加者の誰かと一緒にやることも一時は考えた。しかし、ライブは聴くのが一番気楽かもしれないと思い直した。ライブは時にゲストを迎えたほうが構成にメリハリが利く。こちらも来年以降の課題。
予定通り、6時ちょうどにコンサートを終える。手早く1階の居間に移動し、茶話会の準備に入る。めいめいが得意の腕をふるい、料理と酒を持ち寄った「持ち寄り茶話会」である。
床は掘コタツの下にある板を移動し、フラットにして備えた。いわば「宴会モード」で、我が家にしては珍しく暖房ボイラも早めに入れた。写真のように、まるで盆か正月のようなゴーカなテーブル。買ったものは酒だけで、寿司や漬物を含め、すべてが手作り。「自宅コンサート」に相応しい宴で、コンサートの感想や反省はもちろん、生きること愛すること、育てること暮すことなど、まるでライブの延長のような深くて濃いよもやま話が夜9時半まで続いた。
同世代異世代の男女が一同に会し、胸の内をさらけ出す。それだけでも充分に意味のある集まりといえる。歌はただのきっかけでいいのだ。死者への追悼ばかりでなく、何より生きている私たちが明日への英気を養った、そんな貴重なひと時であった。