OPEN..LIVE..ROOM


2006秋・夕映えフォークコンサート
  "流れゆく日々のなかで"
/2006.11.18



 昨年の晩秋と今年の春に2度実施した自宅コンサートをこの秋にもやるべきか否か、ずっと迷っていた。ブログ等に詳しいが、今年は私の事業に関するトラブルや父の入院など、いまだかって経験したことのない困難な状況が次々と身辺で起こった。ライブ活動も他から依頼された最小限のものだけに留めていたので、夏以降のライブは極端に少ない。
 ただ、懸命の打開策を講じたかいあって、秋口あたりから徐々に事業展開の糸口が見えてきた。父の病状も安定し、病院の退院も叶って、普通の老人ホームでの生活が始まっていた。
 さんざんだった今年を総括し、気持ちのけじめをつける意味でも、やはり自宅コンサートだけはやりたい。いや、大変な年だったからこそやるべきだ。その気持ちは自分のなかで次第に強くなっていった。

 10月に入ってから徐々にプログラムの構成を煮詰めた。第1部には長年のファンである及川恒平さんに関する企画もの。第2部は激動の今年を静かに振り返るのに相応しい、記憶に残る曲を集める。名づけるなら、「さようなら波瀾の2006年」といった趣向である。
 いつものようにフライヤーも作り、10月下旬にごく少数の人へ案内状を送った。内容が内容だけに、親しい人たちだけで、ひっそりと時間を過ごしたかった。

 玄関ホールには譜面台を利用した案内板も設けた。過去2回と違っていたのは、会場が1階の居間であることだった。2階は収容能力は大きいが、飲物の運搬が大変である。それに比べ、1階は台所が近く、掘りコタツもある。少ない聴き手の方に、ゆっくりとくつろいでいただく環境面では勝っていた。
 ステージは居間の奥の台所入口に設定した。扉がないので、そのままだと台所が丸見えである。そこで臨時にパイプを設置し、天井から床までの大きな暖簾を下げた。
 真上にある吹抜けにスポットライトを2個取付け、ステージを照らす。試行錯誤のすえ、何とかコンサートの体裁は整った。

 今回は第2部から飲物として軽いアルコールも出す予定でいた。少人数のくつろぎ空間だからこそ可能な演出である。前日になってお酒や食べ物の準備を整え、さあ最後のボイストレーニングでも…、と思案していたら、突然机の電話が鳴った。
 聞き覚えのない病院からだったが、すぐに父が入居しているホームの専属病院だと分かった。父が緊急入院し、目下意識がない。いますぐ来れないか、との連絡である。
 時計を見ると、5時10分前である。ただちに実家近くに住む姉に電話を入れて状況を説明し、5分後には車で家を出た。

 父の意識は全くなく、重い肺炎で予断を許さない。いつ何時病状が悪化するか分からないと医者も言う。以降の子細は省くが、翌日の自宅コンサートは無理であろうとこの時点で判断した。コンサートはいつでも出来る。ここは身内の世話を最優先させるべきだった。
 8時近くに帰宅後、夜遅くまでかかって参加予定の方への連絡に追われた。

 翌日、再度病院に出向くと、父の意識はなぜか戻っていて、私の顔もちゃんと分かっている様子だ。昨日とはうってかわって、えらく饒舌にあれこれ語りかけてくる。同行した姉も父の予想外の元気さに拍子抜けしている。

 帰宅後、せっかく準備万端整えたのだから、今後のためにPAの調整だけでもやっておくかと、ギターやアンプ類を1階に運んでセットし、2日ぶりにマイクの前で歌ってみた。2階とは音の感じがかなり違うが、気分が変わってなかなかよい。
 夕暮れがじわじわと迫るなか、何曲か歌っているうち、せめて歩いて10分ほどの近所に住むNさんだけでも招き、アルコール抜きでひっそりとコンサートの真似事をしてみようか、という気にだんだんなってきた。
 妻の帰宅後にNさんに連絡すると、来るという。結局このNさんと妻の二人だけの聴き手を前に、プログラムを少し省略した形でのプチ・コンサートを開くことにした。


 予定していた時間と同じ5時30分から始めた前半のセットリストは以下の通り。


「里山景色」(オリジナル)
「さみだれ川」
「雨が空から降れば」
「六月の空」(オリジナル)
「星の肌」
「もっと」(オリジナル)


 第1部には「恒平さんが僕に与えた多大なる影響」というサブタイトルをつけた。20代からファンだった及川恒平さんの歌から影響を受けて作ったオリジナル曲を、恒平さんの元歌と交互に歌うという、ちょっとひねった切り口である。
 このアイデアは去年あたりから密かに暖めていたものだ。Nさんも妻も恒平さんのコンサートには数回参加していて、その作品や人となりは熟知している。

 上記リストは2曲ずつがセットになっている。恒平さんの元歌はかなりメジャーなものばかりだが、影響される歌には、やはりそれなりのパワーがあるのだろう。本当は名曲、「面影橋から」もプログラムの予定に入っていたが、諸事情で割愛した。
 MCではインスピレーションを受けた理由と、その具体的な箇所の説明を延々と話しているが、長くなるのでこれまた省略する。

 前半を早めに終えると、時計は6時ちょうど。短い休憩のあと、すぐに後半に移る。当初の予定通り、7時ちょうどに終えたかったので、後半は曲数をやや増やした。
 後半50分のセットリストは以下の通りである。


「どうしてこんなに悲しいんだろう」
「埴生の宿」
「空に星があるように」
「冷たい部屋の世界地図」
「野の花や」(作詞:なんかい/オリジナル)
「雪」(猫)
「白い想い出」
「こころの虹」
「浜千鳥」
「時代」
「明日」

 〜アンコール
「愛しき日々」(オリジナル作詞)
「夕凪わるつ」(オリジナル作詞)


 ざっと見ると、まるで一貫性のない曲がジグザグに並んでいる印象を受けるかもしれない。だが、「今年を総括する」という重要な切り口はちゃんと存在するのである。
 純粋な意味でのフォークは、この2部には意外に少ない。唱歌系が3曲もあるのは、プログラム全体に緩急をつけるためと、今年前半に活発だった訪問ライブで数多く歌った曲を入れたかったからだ。
「野の花や」は、今年出来た数少ないオリジナルのひとつで、ときどき顔を出すフォーク居酒屋の掲示板から生まれた曲である。短歌に似た七五調の詩に一部つけ足して曲をつけたが、「穏やかで心に残る」と、大変評判がよかった。

「浜千鳥」「時代」「明日」と、ラスト3曲を今年の辛かった日々の思い出を語りつつ歌い継ぐと、Nさんが「泣いたっていいのよ」と声をかけてくれる。友とはありがたいな、と心から思った。そういいつつ、まっ先に泣いていたのは当のNさんだ。その横で妻もポロポロ涙を流している。
 最近、以前のように歌いながら自ら泣く、ということはなくなった。うまく言えないが、悲しいシチュエーションの歌でも、感情を上手にコントロールする術を会得した気がする。だからこの日も私自身は全く泣いていない。もしかすると歌い手として、ある領域に到達出来たのかもしれない。

 アンコールはネットで好評のオリジナルを2曲続けて歌い、7時ちょうどでお開きとさせていただいた。
「もっと聴いていたい」とNさんは懇願したが、GマイナーやBフラットの難しいコードを連発する「夕凪わるつ」で、左手の抑えがすでに効かなくなっていた。もはや限界である。

 終ってみると合計で19曲も歌っていた。そのうちオリジナルが6曲で、人前で初披露の曲が7曲である。新しい試みもそれなりにしていて、バランスとしては決して悪くない。
 客としての聴き手はNさん一人で、いわゆる「一人コンサート」だったが、100人の聴き手の前でのライブと少しも変わらない感動と充実をもらった得難い夕べだった。何とかこれで、今年のケジメをつけることが出来た気がする。無理にでもやって、本当によかった。