家作りNet相談〜その7
冬至の日照時間が知りたい



 ある日、家作りに関連する予告なしの相談電話が舞込んだ。

「メールではちょっと説明しにくい内容なので、失礼ながら直接電話させてただきました」

 ホームページに電話番号は記載してなく、連絡手段は基本的にメールだ。どうやら相談者はサイトに記載の情報だけを頼りに、独自に電話番号を調べたらしい。
 相談内容を一言で書くと、陽当たりに関することである。土地も決まり、工務店や設計者も内定していて、土地に即したプランも二つ決まっているが、相談者、つまり施主が最も知りたがっている冬至の午前中の日照時間に関し、具体的な返答がいつまでたっても設計者からないらしい。
「日影計算を専門にやっている人を独自に探していただけませんか」と業者にサジを投げられ、困り果てた相談者がネット検索で唯一見つけたのが、私のサイトだったという。

「なるべく早く結果が知りたいのです。急いでいます」

 電話の女性の声は、せっぱ詰まっていた。応対した私は、ほとんど駆け込み寺状態だったというわけである。

 理由は尋ねなかったが、施主が事を急ぐ気持ちは理解出来ないわけではない。何を隠そう、この私自身もかっては家作り計画が暗礁に乗り上げ、解決策が見つからずに困り果てた経験を持つ施主の一人だったのだから。
 電話は月曜である。たまたま仕事が暇で、時間はあった。「至急、資料をお送りください。郵送でも構いませんし、FAXでも結構です。住所はホームページに書いてあります…」
 そんなやり取りをし、必要な資料の種類を伝えた。

 翌日、かなりの枚数のFAXがさっそく届いた。ざっと調べると、敷地配置図や方位、平面図や立面図など、必要なものはすべてそろっている。
 同時に5枚の敷地周辺写真がメールで届く。日照に影響を与えそうな隣家の様子や高さなどがほぼ把握出来るもので、これらをまとめると、日影図はかなり正確に描けそうだった。

 翌日からさっそく作業に取りかかる。まずは敷地形状を入力し、周辺の道路も同時進行で入力。次に該当地区の緯度経度と敷地の方位を入れる。
 実は該当地域はかなり離れた地域だった。訳あってその場所は具体的には書けないが、場所さえ分かれば、地球上どの地域でも日影図は描けるのだ。

 実はこの種のネット経由での日影図依頼は、かなりある。多くの人はそのやり取りをネット上で公開することを望まないので、こうして公開出来る例は、ごく一部なのである。
 土地を購入する前とか、工務店や設計者と契約を済ませる前に、土地や建物の日照に不安が仮にあっても、満足出来る答えが返ってこないことは実際には多い。その疑問に第三者である私が答えたことが当の不動産業者や工務店、設計者などに知れてしまうと、以後の交渉に支障をきたすケースも充分に考えられる。相談者が公開を好まない心理的背景は、おそらくそのあたりであろう。

 日照に影響を与えそうな近隣の建物のデータ入力には、普通写真を使う。図面がないので、目安になりそうなものを基準に、高さや平面形状を決める。今回、平面形状はおおよその図面がそろっていたが、高さは東側隣家に関しては既設サイディング壁の横目地を455と推測し、設定する。南東の6階建マンションの形状は非常に複雑だったが、ワンフロアー2550として高さを決める。
 該当建物の図面は平面、立面ともきちんとそろっていたので、正確に入力出来る。今回の計画は3階建の住宅だが、2階にある居間の冬至午前中の日照時間が知りたいとの要望なので、2〜3階の窓の位置や高さ、屋根や外壁、間仕切壁などのデータは重要である。

 プランは2パターンあったが、その日のうちに敷地と近隣建物、当該建物のデータはすべて入力し終えた。今回の計画では、東隣りの建物が日影図の邪魔になるので、全体に透明処理をする。同時に、3階吹抜けからの陽当たりを確認しやすいよう、該当建物の屋根も透明処理を施した。

 翌日から時間を少しずつ変えて日影図を作成する。建築基準法の日影法で規制される日照の評価は、北海道以外の地域では冬至の午前8時〜午後4時である。今回の計画では、東側隣地境界線から50センチの距離に3階建の住宅がすでに建っており、午前8時ではほとんど陽は当たらない。そこでひとまず午前9時〜午後12時まで1時間きざみに、参考として午後2時の分を1枚作成した。
 やってみると、2案とも午後の陽当たりは抜群だが、問題の午前中の陽当たりはあまり良くない。午前9時では3階南の部屋に陽が当っているだけで、他はすべて東側隣家と東南側マンションの日陰だ。
 午前10時になると東壁の最上部に陽が当るが、残念ながら計画ではここに窓がない。2階南壁の一部にも陽が当り始めるが、3階バルコニーの影が邪魔になり、部屋に陽は差さない。

 そこで、プラン1に関しては窓の改良案をひとつ追加した。午前中のなるべく早い時間に中央にある吹抜けから陽が下に落ちるよう、東側外壁の最上端にハイサイドライト(高窓)を設け、日照の邪魔になっている3階バルコニーをとってしまう案である。
 あくまで「陽当たり」だけを考えた案なので、実施が可能かどうかは分からなかった。天窓を案として出さなかったのは、相談時の電話で、「夏の酷暑のことを考えると、出来れば天窓は避けたい」と予め聞いていたからである。

 その日の夕方にはこれらをまとめてメールで相手に送った。電話での打診があってから4日後である。私の仕事の信条は「スピード」で、それは相手が法人であろうが個人であろうが、100万の仕事であろうが1万の仕事であろうが、変わることはない。

「突然の依頼にも関わらず、迅速な対応をしていただき、感謝しております。お近くであれば、ぜひ現場を見ていただき、設計をお願いしたかったです」と、依頼者にも喜んでいただけた。
 全体の位置関係図もそれぞれ作成したので、画像は合計13枚となった。専用ソフトで1枚50K前後に圧縮し、画像は極力軽くした。

 翌日、依頼主からさっそく返事がきた。案の定、午前中の陽当たりに不満がある感じだった。午前中のもっと早い時間の日照が気になるらしく、午前7時と午前8時の日影図を追加で描くことになる。さらに、通常の日影図のように、平面表示の画像も見てみたいと依頼主は言う。
 平面表示の日影図は周囲の建物の影の移動が分かりやすいが、立面の様子が全く分からないので、立体表示の日影図のように窓の位置調整などの検討が出来ない。しかし、電話で説明しても依頼主には伝わりにくい様子だった。データはすでに入力済みでもあり、あとはただ計算させるだけだ。行きがかり上、平面表示の日影図も急きょ作成することになった。

 再度の画像を送った翌日、依頼主から丁重なお礼のメールがきた。

「今回お願いしましたのは、朝食時にできるだけダイニングに朝日(あるいは明かり)を入れたいとの思いがあり、冬至の時期の日影はどうなっているのか知りたかったからです。
 東面のハイサイドライトなどで対応できればと思ったのですが、それも10時以前では難しいようなので、吹抜け部分に天窓をつけてもらって明かりをとろうと思います。ご親切なご対応、本当にどうもありがとうございました」

 日影計算の結果、よりよい修正案、解決案にたどり着く例も多いが、今回のように必ずしも依頼主の思惑通りに運ばないケースもある。宅地の日照検討では、日影計算の結果が予想外に悪く、結果的に該当の土地購入を断念する例も少なくない。
 今回の平面プランを見ると、2案とも食堂は2階の中央あたり。3階の吹抜けの直下で、依頼主はここから何とか光を落としたかったようだ。しかし、メールにもあるように、朝食時に直接光を落とすのは困難である。

 結果として当初嫌っていた天窓をプランに取り入れる決断を依頼主は下した。私も数案をお伝えしたが、天窓からの夏の日射を遮る設計上の配慮はいくつかある。天窓は同じ面積なら垂直窓の3倍の明るさと言われる。直接光ばかりでなく、天空からの間接光の恩恵も受ける。雨や雪に対する備えが万全ならば、決して毛嫌いするものではない。
 ちょっとほろ苦い残念な結果となったが、疑問点の答えが事前に明確になったことで、相談者にとっては充分納得できる検討であったと思う。