イベントライブ顛末記


JUNON・リクエストサロン 07th /2019.4.19



 近郊の街にあるカフェで久しぶりに歌わせていただいた。知人経由で一昨年5月に最初のライブ依頼があり、その年に計4度、翌年にも2度依頼があったが、経営者家族の健康上の事情で、昨年7月を最後に依頼が途絶えた。
 その後、常連客の要望や健康問題の小康などがあり、9ヶ月ぶりの開催がようやく決まった。健康でなければライブは開けないし、歌うことも叶わない。

 いつも通り13時半にお店に到着し、14時からスタート。長いブランクがあったせいか、客の入りはいまひとつ。いつも聴きにきてくれる小学校時代の恩師も、多忙で案内状を出すのをつい忘れてしまい、姿が見えない。
 聴き手は顔なじみの常連客ばかりで、やりやすい部分とマンネリによる難しい部分の両面があった。前半40分は私のセレクションで10曲を歌う。


「木綿のハンカチーフ」
「蘇州夜曲」
「さくら(直太朗)」
「宗右衛門町ブルース」
「くれないホテル」(初披露)
「野ばら(メドレー)」
「ハナミズキ」
「港が見える丘」
「異邦人」
「天使のウィンク」


 春にちなんだ曲が構成の中心で、演歌や洋楽はそれぞれ1曲にとどめた。高齢者中心の場だが、介護施設系の曲はほとんどなく、比較的新しい傾向の曲が中心。
 基本的に私の歌を聴きたい方々が集っているので、進行自体に大きな緊張感はなく、歌そのものに集中できる環境が整っていた。

 10曲目に出来たてのオリジナルを歌う予定でいたが、時間が押していて断念。ライブ間隔が短いときはマンネリ回避を意図してオリジナルを数曲歌ってきたが、今回に限ればそれほど意識する必要はない。

 10分の休憩後、後半開始。冒頭で前回終了後に常連客から提案のあった「歌声タイム」を設けることになっていた。
 この店では一度もやっていない企画だが、これまたマンネリ回避のためには意味ある試みだった。
 セルフアンコールを含め、45分で11曲を歌う。
(※は歌詞カード配布曲、他はリクエスト)


「瀬戸の花嫁」※
「いつでも夢を」※
「みかんの花咲く丘」※
「高校三年生」※
「恋の季節」(コラボ演奏)
「くちなしの花」
「さざんかの宿」
「私鉄沿線」
「千の風になって」
「つぐない」
「世界に一つだけの花」(セルフアンコール)


 前半4曲は歌詞カードを休憩中に配り、全員で斉唱する歌声形式をとったが、大半の方が一緒に歌ってくれた。
 当初の希望は「瀬戸の花嫁」「いつでも夢を」の2曲だけだったが、裏面に印刷しておいた予備2曲も「ぜひ歌いたい」との声。よいメリハリになったように思える。

 この4曲にはいつも一緒に歌っているお店の常連S子さんもリード役として参加。次なるリクエストタイムの1曲目「恋の季節」もコラボ演奏したが、リハなしの一発勝負にも関わらず、見事にサイドボーカルをつけてくれて、会場の喝采を浴びた。

 歌声タイムでかなりの時間を費やし、その分リクエストへの対応は減ってしまったが、前回あたりからリクエストが途絶える時間帯が出始めていたので、これくらいの比率が程よいのかもしれない。

 予定ぴったりの15時半に終えたが、前回終了後に「アンコールがなかった…」との声があり、その旨を会場に告げて、自主アンコールとして平成で最も売れたという「世界に一つだけの花」を歌って収めた。
 アンコールは本来、客かお店が仕掛けるものだが、ライブに不慣れな場では歌い手側から仕掛けるのもアリだろう。

 久しぶりのライブで取り仕切るお店のママさんも大変そうだったが、ともかくも無事に再開&再会できたことを喜びたい。


 

北海道神宮フォークうたごえまつり /2019.6.15



 北海道神宮祭の関連イベント「北海道神宮フォークうたごえまつり」に、4年ぶりに出演した。今年で17回目の伝統あるイベントで、私は2005年に初めて出演。その後2年続けて出て、4年後の2011年と、さらに4年後の2015年にも出た。
 今回が6度目の出演で、だいたい1/3は出ていることになる。

 主催は地域FMの三角山放送局。当初はイベントとしての知名度が低く、2005年の出演者は7組だった。最初の数回は1組2曲歌えたが、2007年から応募者の急増で枠が12組に増え、曲は1組1曲限定となった。
 2005年まではコンテスト形式で優勝と優秀賞2組を選んでいたが、2006年からそれも廃止され、単なる音楽イベントとして定着した。

 最近の出演枠は15組だが、例年その倍は申込数があるという。応募者多数の場合は抽選で決定、と募集要項にあるが、実際には全体のバランスをとりつつ、事務局による予備審査で最終決定されるのではないか。

 今回久しぶりにエントリーする気になったのは、4年ごとの節目にあたるほか、10月に古希を迎えることが大きな理由だった。
 62歳で出演した地区センター夏祭りイベントで、「今後の目標は?」と進行の方に突然問われ、「そうですね…、では70歳まで歌い続けることにしましょうか」と咄嗟に答えたもの。
 当初は単なる思いつきのつもりが、年を重ねるにつれ、次第にそれが現実の目標へと変貌していった。たとえささやかでも、人生にはやはり目標が必要なのだと思う。

 2年前に咳喘息を発症し、喉を致命的に傷めて活動の継続が怪しくなったが、病院での治療と食事や日々の節制、練習法の改善などで懸命の対策を試み、その後じょじょに回復。誕生日まであと4ヶ月あるが、密かな目標は達成できたと自己評価したい。

 当日は空模様が怪しく、予報よりも早い15時過ぎから雨がぱらつき始めた。会場は北海道神宮境内にある土俵の上。屋外だが屋根があって歌うには支障がなく、雨天決行が原則である。

 妻を伴って車で出発。17時5分前に最寄りの駐車場に着き、そこから境内まで傘をさしてテクテク歩く。控室入りは17時15分で、進行の方と簡単な打合せをし、静かに出番を待つ。
 私の出演順は5番目。たまには1番をやってみたいが、今回も外れた。

 雨は本降りにはならず、帽子があれば凌げる程度。しかし、雨の影響でいつもより観客は少なく、開始の18時時点で50〜60名ほどだった。
 18時13分からライブは始まったが、出番2つ前にはステージ裏のテントにいなくてはならず、18時20分には控室から自主的に移動した。

 トントン進んで、あっという間に出番。今年は初参加が多いそうで、古株として自分が選ばれた理由もなるほどと納得できる。

 リハの類いは一切なく、音響も一発勝負である。譜面台は用意してくれるが、シールドケーブルは各自が持参。直前の演奏者がインタビューを受けているわずかな時間にスタンバイする。
 客はじょじょに増えて100名弱。ステージに立つと、最前列に座る客から声をかけられた。以前によく通っていたフォーク居酒屋の常連客で、ママさんの顔も見える。他の出演者がらみで、応援にやってきたようだ。歌う前のわずかな時間に「しばらくです」と挨拶を交わす。

 タイムスケジュール通り、18時37分から歌い始めた。今回の選曲は、ふきのとうの「風来坊」。特に路上ライブでは抜群の集客効果があるノリのいい曲で、いきなり会場から手拍子が飛び出してびっくりした。

 以降、その会場のノリに合わせる感じで歌い進める。歌詞は4番まであって、1〜2番の間には間奏がなく、2〜3番の間には短い間奏がある。しかし、曲が長引いてせっかくの手拍子が細くなってはいけないと思い、咄嗟の判断でこの間奏は飛ばした。
 冗漫を避ける意味で3〜4番の間奏はさすがに省かず、ラストも譜面通り。最後まで手拍子が途切れることはなく、これといったミスもなく歌い終える。「坂は続く、続く〜♪」というラストのフレーズが、いまの自分の心境にピタリはまっている気がした。

 終了後のインタビューで活動歴や年齢のことなど聞かれたが、隠さずそのまま披露。70歳はあくまで自分の内なる目標であって、ことさら強調して客におもねる気はないが、同年代の方にとっては何かしらの励みになるかもしれない。

 終わって引き上げる途中、最前列で盛んに声援を送ってくれたSさんがやってきて、硬い握手と言葉を交わす。ガンを患って以来、店からはしばし遠ざかっているが、音楽仲間はいいものだな…、と思った。

 他の出演者を10組くらいまで見届けたあと、翌日も午前中から遠方でライブがあるので、早めに会場を出た。事務局から幕の内弁当、缶ビール、ギフト券などいただき、帰宅後に遅めの夕食をとる。
 節目の今回が最後と思っていたが、もし歌い続けられていたら、そのうちまたエントリーするかもしれない。いざ終わってみると、そんな欲が出てきた。


 

伊藤ギター音楽教室・ギター交流会 /2019.9.1



 7年前に地下鉄琴似駅地下・パトスカフェコンサートで知り合ったギター奏者が、数年前に独立して市内でギター教室を開いている。息子の世代の方だが、同じ年頃に脱サラして事業を立ち上げた過去の自分とどこか重なり、いろいろアドバイスしたこともあった。
 今回初めての試みとして、教室の生徒に一般参加者を交えてギター交流会を企画するという。このところ自分の活動がマンネリ気味で停滞している。年に何度かは新しい場を開拓し、自らの刺激にしたいという思いがあった。

 さっそく問い合わせてみると、ぜひにとのお誘い。参加費は会場費&飲物代として500円。場所は過去に何度かイベント広場で自主企画コンサートを仕掛けた白石区複合庁舎にある区民センター視聴覚室だった。
 教室のベースはクラシックギターだが、フォークギターや弾き語り、エレキギターの生徒も広く受け入れているという。「弾き語りは歓迎します」などと言われ、その気になった。


 開始は13時40分だったが、15分前に着くと会場はすでに参加者であふれていて、めいめいが音出しして練習にふけっている。
 あとで知ったが、教室の生徒さんが12名、一般参加者が2名、見学引率などが8名で、計22名の盛況である。

 時間ぴったりの13時40分から演奏開始。トップはたぶん5歳くらいの男の子。「大きな栗の木の下で」をクラギで弾き語ってくれた。
 2番は88歳で初めてギターを始めたという人生の大先輩(男性)。ギター歴3ヶ月とは思えぬ堂々とした場のさばきで、演歌の「天城越え」を、これまた弾き語りで披露。

 以降、「スタンド・バイ・ミー」「スコール(福山雅治)」などの難しい曲を交え、おそらくギター歴の浅いと思われる方々の演奏が続く。
 前半7組のラストは、一般参加の女性と教室主宰の先生によるクラギ重奏で締めくくった。

 20分の休憩後、14時35分から後半開始。出演順は会場横のホワイトボードに記されていたが、私はラストの14番目だった。待つのは苦手だが、年齢とギター歴の長さからすると、こうなるのはやむを得ない。

 後半はややインストの比重が高くなり、ギター歴の長い方が中心だった。持ち時間は正味8分あり、2曲は演れるが、多くの方が1曲限定。直近の練習成果を見せる場で、2曲は難しいのかもしれない。
 この日初めて立って歌ったラスト前の若い女性、声が伸びやかでギターとのバランスがよく、確かな技量を感じた。どうやらプロ志向があるらしく、後半終了後の2巡目ステージでは、斬新なオリジナルを披露してくれた。

 大トリを指名された私だったが、初めての場にしては緊張することもなく、無難にこなした。
 曲はオリジナルの「誰も知らない夜」と洋楽カバーの「オー・シャンゼリゼ」。「誰も知らない夜」は普段ストロークで歌っているが、今回はバランス面からアルペジオで歌った。

 音響設備がなく、つまりは久しぶりのノーマイクである。細部の表現はまずまずだったが、連日のDIY疲れもあって、声量にはいまひとつ不満が残った。
 歌にも基礎体力が必要で、加齢に伴う体力低下とどう折り合いをつけるのか、今後の課題でもある。

 全員のステージが終わって、時計は15時30分くらい。時間が少し余ったので、3組の方が2巡目ステージをこなす。事前にその可能性を聞いていたので、私は「ビリーヴ」を歌った。
 オリジナルは別にして、万人受けする無難な選曲にしたが、他の演奏曲を聞くと、もっと冒険してもよかった気がする。

 最後にテーブルをセッティングし、全員参加の茶話会。年齢層が幅広く、男女比も半々くらいで、普段あまり話せないような方々と、楽しく音楽中心の雑談にふける。
 16時30分にお開きとなったが、想像以上に刺激あるイベントだった。


 

篠路シルバー水曜大学 /2019.9.25



 近隣地区センターのシルバー大学修了式ライブに出演した。この地区センターでは過去いろいろな場で歌ってきたが、館長さんが交代したこともあって、この3年余はご無沙汰。数ヶ月前に打診があったときは、正直驚いた。
 シルバー大学講師は別の地区センターで一度経験しているが、当時のテーマが「北原白秋〜そして北の叙情歌」で、持ち時間も正味100分と長かった。歌よりもトークを重視するという難しい条件があり、準備も含めてかなり苦労した記憶がある。

 今回は「叙情歌〜リクエストコンサート」と称し、全15講座の最終日修了式にリクエスト形式で60分歌うという、普段のカフェライブと変わらない内容だった。
 リクエスト一覧は普段使っている320曲余のリストをそのまま使用。あくまで歌が中心で、講師というより、単なる歌い手としての役割を望まれていた。
 ライブは修了式後の昼食前という案が当初あったが、修了式の前に歌うことで最終決着。これにより、開始は9時半という過去に例のない早い時間となった。

 実施2日前に最終打合せがあり、機材の分担や歌う曲の詰めを行う。受講者は63名で、事前に募ったリクエストは18名から反応があり、一人3曲〜計54曲の希望曲が提出された。
 重複曲やジャンル、曲調などのバランスを取りつつ、「希望3曲のうち、最低1曲は応える」等の要素も織り込んで最終的に17曲を決めた。

 当日は6時という、私にしては極めて早い時間に起きて備える。午前中ライブは過去に何度か経験していて、「開始3時間以上前に起きる」「ストレッチを充分に」「入念な発声練習」などで対応できることが分かっていた。
 ネット情報から「起き抜けにコップ1杯の水を飲む」を新たに追加。シャワーが効果的、との情報もあったが、今回はパス。

 9時10分前に地区センター到着。PAは持ち込みで2台を使用し、万一に備えて予備ギターも準備してフル装備に近い。
 駐車場を2往復して機材を搬入し、ただちに設営に入る。高すぎて客席から遠い主ステージは避け、15センチくらいの小ステージ上で歌う段取りだった。

 タブレットからプロジェクター経由で歌詞をスクリーンに投影する手はずだったが、開演時間が迫っても、プロジェクターが一向に設置されない。施設にある高性能プロジェクターを使うはずが、担当のMさんが勘違いしていたようだ。

 慌てて準備し、調整を終えたのは開始1分前。ギリギリで間に合った。直前までバタバタして、開演は1分遅れの9時31分。終了時刻は厳守で、MC等で調整することになる。
 結果として、59分で17曲を休憩なしで歌った。
(※以外はすべてリクエスト)


「大空と大地の中で」※
「ラストダンスは私に」
「空港」
「野ばら」(シューベルト)
「どうぞこのまま」
「いい日旅立ち」
 〜自己紹介(「山谷ブルース」「神田川」)

「for you…」
「愛燦燦〜川の流れのように」(メドレー)
「好きですサッポロ」
「糸」
「アメイジング・グレイス」※
「落陽」
「アカシアの雨がやむとき」
「知床旅情」
「熱き心に」
「高校三年生」


 大事な1曲目は、リクエストにはない「大空と大地の中で」を私の希望で歌った。北海道を代表する曲で元気がよく、前向きな内容。1曲目としての条件がそろっていた。
 聴き手の年齢層は70〜80代で、男女比は半々。場は非常に静ひつで、手拍子や共に歌う声は届かないが、1曲ごとの拍手は熱い。以前のシルバー大学講座と同じ傾向だった。

 調整がうまく運んで、声はよく出た。6曲目を終えた時点で、自己紹介をかねて2曲のイントロを歌う。
 弾き語りを始めるきっかけや、宮仕え時代に上司命令で歌ったことなどを歌を交えて語る趣向。過去にも試みているが、場を引きつけるアクセント効果がある。

 中盤の美空ひばりメドレーは、リクエストの多さから選択した苦肉の策。この2曲以外でリクエストが重複したのは、「いい日旅立ち」「糸」の計4曲。1番人気は「いい日旅立ち」で、希望の多い重複曲にはすべて応えた。
 他はすべて1曲だけの希望。応えられなかった曲では、「時代おくれ」「野風僧」「無言坂」「白いブランコ」「もしもピアノが弾けたなら」「恋の町札幌」「人生一路」「虹と雪のバラード」「仰げば尊し」「黄昏のビギン」「ワインレッドの心」「学生街の喫茶店」「わかって下さい」「見上げてごらん夜の星を」など、和製ポップやフォーク系の曲が目立った。

 ジャンル別では、フォーク系4曲、昭和歌謡系10曲(演歌を含む)、洋楽系3曲といった内訳。「いい日旅立ち」「for you…」「熱き心に」など、明確にジャンル分けができない曲も多くあった。
 静ひつであっても、強い手応えを感じた曲は「糸」「アメイジング・グレイス」「アカシアの雨がやむとき」など、後半に集中。ラストの「高校三年生」では自然発生の手拍子も出た。朝早いこともあってか、場が乗ってくるには時間が必要らしい。

 時間通りにピタリ終えて撤収にかかろうとすると、進行のMさんから「アンコールは…」と、打合せにない言葉が突然飛び出す。実は10分後の10時40分から修了式が始まる予定で、トイレ時間などを考慮すると余裕がなく、アンコールはやれないはずだった。
 場が尻上がりに乗ってきたのは確かで、念のため準備していた短い曲「また逢う日まで」をありがたく歌わせていただく。これまたラストに相応しく、手拍子でニギヤカに締めくくりとなった。

 終了後は小ステージやスクリーンを含めた撤収作業と修了式の準備に周囲があわただしく、担当者への挨拶はしそびれたが、自分の役割は無難に果たせたと自負している。