家作りエッセイ


2階のトイレ.... 2006.1.2



 最近の間取りプランでは、2階にトイレをつけるのが当り前のようになりつつある。私がこれまで手がけた物件でも、お客様に望まれるまま、多くの家の2階にトイレをつけた。
「お客様に望まれるまま」とあえて書いたのは、私自身はトイレは1階に1ケ所だけでいいと基本的に考えているからである。
 トイレの数はプランニングで大きな比重を占めるので、依頼主とはかなり早い段階で打ち合わせるが、多くのお客様は1〜2階それぞれにトイレの設置を望まれる。その理由は、「2ケ所あると家族同士が重なったときに便利」「(2階にいるとき)いちいち階下まで降りる手間が省ける」。およそそんなところだ。
 だが、果たして100〜130平米前後の狭い日本の住宅事情の制限のなかで、面積や容積、コスト面で大きな制約となるトイレを、わざわざ2ケ所つける意味が本当にあるのだろうか?

 前述の2つのプラス要素を詳しく検証してみたい。まず、「2ケ所あると家族同士が重なったときに便利」である。
 いまは全員独立して家にはいないが、かって私の家には3人の子供と一緒に家族5人で暮した時期が15年近くあった。アパートやマンション暮しだった当時の住環境で、トイレは当然1ケ所だけである。そして、子供と私とのトイレが重なったことも稀にあったかもしれない。
 子供が大きくなると、正味数分で済むトイレは何とか我慢出来るものだが、小さい時期は身体の構造上、我慢出来ないこともある。特におしっこの近かった長男は、「ボク、もう我慢出来ないよ〜」とその傾向が強かった。
 そんなとき、「お父さんと一緒にやろうよ」と声をかけ、なかよく息子と一緒に便器を使った記憶が数回だけある。家族だからそれで済む。

 では女の子の場合はどうなのか?残念ながら長女がそのような危機を訴え、トイレを親と奪い合った(あるいは譲り合った)記憶は全くない。家族の中で特別おしっこの近い人がいるとか、トイレで長時間本を読んだりするという特殊な事情がない限り、多くは譲り合いで解決出来る問題であると私は考える。
 最近では少子化が社会問題と化しつつある。一家族あたりの構成人員も、ますます少なくなる傾向にある。ごく短い時期だけのごく少ない可能性だけのために、トイレを二つに増やすのは理由としてかなり希薄である。

 次に「いちいち階下まで降りる手間が省ける」という論理がある。多くのプランが1階に居間や台所、ユーティリティを配置する。この場合のトイレはもちろん1階だ。必然的に寝室や子供室などの個室群は2階となり、このときに「2階にもトイレがあったら便利」という論理が浮上してくる。
(2階に居間があるような特殊なプランは、今回の議論から除外する)
 我が家のトイレは1階に1ケ所だけで、私は普段トイレのない2階で仕事をしている。寝室は仕事場の横の2階である。一般の家庭と比べ、階段を降りてトイレを使う機会ははるかに多いはずだが、それでも(2階にもトイレがあればな…)と切に思ったことは一度もない。
 自分の一日の行動を詳しく分析してみると、朝起きて階下のトイレを使うときはすなわちそのまま居間で朝食をとり、新聞を読む行動につながっている。すべて1階で完結することばかりで、2階にトイレがある必要はない。仕事中にトイレを使うときは、ほとんど休憩の必要な時間である。階下で用を足し、ついでにコーヒーを湧かしたり、家事を片づけたりして気分転換を図る。これまた2階にトイレがある必要はない。
 一日の大半を自宅で過ごすSOHO業者の私が特に2階のトイレを必要としていないのだから、外で働いている方々に、2階のトイレが必須だとはとても思えない。

 これは私の独断だが、この「2階にもトイレがあったら便利」という理屈そのものに、間取りに何とか他社との差別化を図ろうとする売り手側の思惑が見え隠れする。仕掛けたのはおそらく作り手である住宅産業側で、消費者である住み手側の視点が欠落している。
 2階のトイレがまだ一般化してなかった時期にはこの差別化にも多少の意味はあった。「2階のトイレ」が決め手となり、契約に至った例もそこかしこであったかもしれない。だが、2階のトイレがごく普通の仕様と成り下がってしまったいま、このこと自体に特別の意味はなくなった。
 残されたのは、「我が家にとって本当に2階にトイレは必要なのか?」という本来の議論なのだが、家作りには不可欠であるはずのそんな大切な議論は置き去りにされたまま、もしかすると「〜さんの家でも2階にトイレがあるから、ウチも…」という短絡的な理由だけで、2階にトイレは作られ続ける。

 一方で、「年をとったら階下のトイレに降りるのは辛い」という論理がある。だが、階下のトイレに降りるのが苦痛なほどの齢になったなら、寝室そのものをフットワークのよい1階に移す工夫なり、改築なりをすべきであろう。これまた、2階にトイレを増やす決定的な理由とはなり得ない。


写真は文章とは関係ありません

 次に、2階にトイレがある場合のマイナス面について検証してみる。まず問題となるのは、コストである。坪単価で論じた場合、様々な設備が集中するトイレは、たとえ1ケ所でもコスト的にかなり高いものとなる。
 便器、照明、窓、ドア、換気扇、収納棚、これらに伴う配管設備や電気配線等は最低限必要なもので、これ以外に単純に0.5坪前後の部屋を作る諸材料が必要である。これまた最近では当り前の設備になりつつある温水洗浄乾燥便器、トイレ内手洗い器まで備えるとなると、さらにコストは上がる。
 大雑把だが、トイレ1ケ所で30〜40万はかかると覚悟しておいたほうがよい。ローコスト住宅の視点で考えるなら、この30〜40万はかなり大きい。1ケ所のトイレで必要となる0.5坪の面積も、その分を他の部屋に振り分けてやれば、暮しはもっと豊かになるだろう。
 また、温水洗浄乾燥便器を維持するための待機電力も馬鹿にならない。イニシャルコストばかりでなく、ランニングコストも将来的に家計を長く圧迫するのである。引いては地球的レベルでの二酸化炭素も増大させる。エコロジーの観点からも、決して好ましいとは言えない。

 次に家族間のコミュニケーションの問題がある。ごく一般的なプランの場合、子供室は2階に配置されるが、このとき2階にトイレがあると、子供は階下に降りずとも用を足せる。「トイレを使うときに階下の家族と顔を合わせる」という重要な機会が、2階にトイレがあることにより、失われてしまうのである。これは見逃しがちだが、家族が互いに顔を合わせる機会をより多くし、家族関係の風通しをよくするという視点では極めて重要な問題であると私は思う。
 個人用のテレビやパソコンが子供室にあるのは当り前の世の中にいつの間にかなってしまったが、まずこの時点で日本人は家族間のコミュニケーションを円滑にする大きな要素を失ってしまった。そして今度はトイレである。
 それ以前に、すでに子供室は頑丈な壁で区切られており、ドアには固い鍵がついている。「家庭内引きこもり」のアイテムは十二分に整っているのだ。

 あまり考えたくもないが、そのうち2階にはシャワールームがつき、簡易キッチンも備わって、まるでワンルームマンションのように、すべての用事が階下の家族と顔を合わせなくとも済んでしまう時代が、すぐにでもやってきそうだ。

 最後に、主に家庭の主婦にとって重大な衛生面の問題がある。2階のトイレは使う頻度が極めて少ないという具体的な調査結果がすでにある。あまり使わないが、現実にそこにあるので、たまには使う。この「たまに使う」というのがクセ物で、使用頻度が少ないと、便器はたちまち臭うのである。
 家庭の主婦が非常にマメで、1階も2階も同じ頻度で一生懸命掃除に励んでくれれば、この臭気の問題は生じない。だが、テレビで「掃除の楽な便器」だとか、「臭いの出ない強力洗剤」などのCMが常にあふれているのは、おそらく家庭の主婦の大半がトイレ掃除を苦手としているか、あまりやりたくないかのどちからであるからだ。
 あまり使わないので、つい掃除も滞る。すると、臭気はますます増大する。限りない悪循環である。

「あれば多少は便利」だが、「あってもたいして使わず、相当のコストや維持費がかかって、すぐに臭う」。そして、「使っていない大半の時間帯は、0.5坪の貴重な空間は無用のトイレで常に塞がれている」。
 どうしても2階にトイレをつけたいなら、これらの諸要素を充分吟味したうえで最終判断していただきたいが、作り手として強くお勧めする気はいまのところない。